【女ま館日誌 2008-2016】

平成20年06月05日〜
東京の西のはずれにひっそりと存在している少女まんが館の日々のものごとを記していこうと思います。

2016年08月15日(月)
T.T.さんを悼む

2016年8月9日火曜日

今日はT.T.さんの散骨の日である。

家族の方のご好意で同行させていただいた。深い山の一角、木々を切って明るい広場に、奥様が砕いてすり鉢ですったというTさんの粉骨を、奥様と娘さんとともに、まかせていただいた。ずっしりと重い粉だった。

最後に花びらとビールをまいて、黙祷。
山と自然を愛していたTさんらしい自然墓だ。

「葬送の自由をすすめる会」の立会人さんから、奥様が自然葬の証書を受け取って散骨の儀は終わった。

「こんなすばらしい静かな自然の中で、土に還る。Tもよろこんでいるでしょう。わたしもここにまいて欲しいわ」と奥様。ほがらかで明るい素敵な奥様だなぁと思う。

T.T.さんは、少女まんが館が2002年8月15日に日の出町で一般公開を始めてほどなく、ふらりと見えられた。アジアのまんが本を見せてくれたり、いろいろなまんがをたくさん寄贈してくださった。

井戸の近くに四つ目垣をつくってくれたり、伸び放題の木を切ってくれたり。

とちの実やむかごなどの山の幸をもってくれたときもある。
(散骨エリアにひょろりとトチノキが生えていた。自生したかのような姿で。トチノキはTさんが好きだった樹木で、奥様がよろこばれていた)

あきる野市に少女まんが館が移転するときは、山椒やねずみもちを移植してくれたり、その後は、荒地だった庭に芝を植えてくれたり、いろいろな花や植木を植えてくれた。ワークショップでつくったからと、本棚や椅子をいくつも寄贈してくれた。

いつもおだやかで笑っている方だったなぁと、ほっこりする。仕事帰りや休日、閉館間際によく寄ってくださった。

半年ほど音沙汰がなく、どうしたのだろうといぶかしんでいた頃、奥様から亡くなったという知らせを受けた。驚いた。2年ほど前のことだ。膵臓癌となり、進行がとてもはやく、心配させるからと本人があまり他の人にはは知らせないでほしいといっていたそうだ。

最後は自宅で奥様と娘さんが看取られたという。享年65歳。元気でおられたら今日は67歳の誕生日なのだそうだ。

『キングダム』などいろいろなコミックスを「おもしろいから」と、貸してくださったり。

今読んでいるまんがの感想などもはがきに書いて送ってくださったり。

八王子の多文化・環境共生型野外フリーイベント「みんなちがってみんないい」のことを教えてくれたり。

少女まんが館にある椅子の大半はTさん作製のものだ。足の悪い方が見えられた時など、とてもとても重宝する。

開館閉館のとき、庭に出してはしまうダックスフンドのようなかわいい椅子を移動させるたび、それを作って寄贈してくれたTさんの姿をわたしは思い出していた。わたしの頭の中では、Tさんはずっと生きている。

「亡くなった」と話として聞いていただけなので、あまり実感がわかなかったのだが、今日の散骨に加えさせてもらって、ずしんと「死」を実感した。この少し黒っぽい粉がTさんの骨だったのか、と思うと、胸が痛く涙がこみ上げた。

Tさんにはもう二度と会えない。姿を見ることも声を聞くこともできないのだ、と身体で理解した。「会えない」それはやはりとても悲しいけれど、Tさんが植えた草木や作ってくれた椅子や本棚や蔵書がいくつも少女まんが館に残る。

元気で生きている限り、わたしは少女まんが館を続けていくつもりではいるけれど、さらにその気持ちを強くいたしました。

ありがとう、T.T.さん。ほんとうにありがとうございました。(ooi)

2015年07月30日(木)
岩井俊二監督『Love Letter』を、昨晩初めて見ました……

もう、少女まんがだから、という義姉さまの進言により、VODで拝見致しまして、その既視感にびっくり。『冬のソナタ』じゃ〜〜〜。うちのリビングはバスの音・車の音・家族の出すいろいろな音など多彩すぎて、セリフがあまりききとれなくて、まだ、一回しか見てないので、いまいちストーリーや「ここがきもじゃないか!」という発見もできておりませんが、雪景色の多様というこの映像の特徴は、冬ソナもしかりですが、6月末の茶話会のテーマ、くらもちふさこ先生の『白いアイドル』同様、“画面が白っぽい”という強烈な共通項あり。たぶん、それこそが、「少女まんがっぽい」という印象をみなに残す、ひとつの要因ではありましょう。(あ、いや、初恋、というテーマそのものが少女まんが的なわけですけど)

“画面が白っぽい”、背景を省略して心象風景を浮き上がらせる、という手法、これについて、女ま館でここ数年続いている、東京造形大学・中里和人先生の出張授業にて、もうひとりの館主、中野純が特別講師として「写真表現と少女まんが」ということで話した内容でもあります。

んん、なんだか、文章がわかりにくいかもしれませんが、写真の世界で、女性カメラマンが注目され、ピントをぼかし、露出オーバーにして、ホワイトアウトするいう作品(なにか用語の使い方がまちがってるかもしれませんが、とにかく先へ進みます)が評価されるようになったのが90年前後から? とのことで、そうした映像表現は、とても少女まんがの画面っぽいというお話。

くらもちふさこ〜紡木たく〜現在で言えば、『アオハライド』の咲坂伊緒と続く、マーガレット系少女まんが作品を少女まんがの王道とみなすと、『Love Letter』『冬のソナタ』は、映像表現の世界では親戚関係あると見えます。もちろん、内容もですけどね。少女まんがが、クリエイターたちに及ぼす影響の底力的な……。

このテーマは奥深く面白そうなので、きちんと書きたいとずっと思っていたのに、書けないまま数年が過ぎてしまったので、ここに少し書いておきます。ふぅ。(と、最近、東村アキコさんの『海月姫』も読みはじめ、少女まんが筋力が少し復活中)

2015年07月02日(木)
高橋真琴先生の原画、ポーの一族カレンダー、白泉社COMiCATE、思い出の作品、少女まんが館TAKI……

日誌に書きたいことがたまりにたまってしまいました。

ひとつめ、6月、銀座の高橋真琴先生個展に行きましたらば、先生の原画が、額装2万円台から販売されていて、びっくりしちゃって、それは、ジグレー印刷という新しい技法を使って、やっと実現したとのこと。昔でいうリトグラフに相当するらしいです、よくわかりませんが、ものすっごい原画に忠実で、高橋先生渾身の監修だそうで。ほぼ、原画並です。なのに、額装2万円台から!? 「より多くの人に、持っていただけるように」との高橋先生の思いが込められているため、めっちゃくちゃな格安で、試行錯誤を繰り返し、やっと実現したとのことで。大井は、なけなしのお財布をはたいてちりまではたいて、買ってしまいました。イベントごとに販売する原画が限定されるので、ファンの方は、展示会をお見逃しなく!

参考HP → http://www.apj-i.co.jp/event/2015makoto_takahashi.html

そして、ふたつめ。数年前、日の出町からあきる野市への女ま館引っ越しの折、女ま館蔵書(品)のひとつ、1976年『ちゃお』創刊号のふろく「ポーの一族カレンダー」が見あたらなくなってしまい、どうしたんだろう、どこいったんだろう? おかしいな、ここにあったはずなんだが……と、もし紛失していたらあまりにショックなので、行方不明のままにしていたところ、この5月初旬、萩尾望都ファンの方が来館され、なぜか、すぐにこの「ポーの一族カレンダー」をある場所から発見。こんな未使用状態のきれいな「ポーの一族カレンダー」を手に取って見ることができるなんて……と感激して、わたしも長年の捜し物がみつかり、感激。あの引っ越しはきつかったから、どこかあさってのところのまぎれこんでしまったのだろうと思っていたのですが、こんなところに……よかった、ここにいてくれて、と、感激ひとしお。「風通し、風通し」と、ぱらりぱらりとめくり、拝んで、今度は、きちんとしまい込みました。私は当時の萩尾先生の絵が、大変好きなので、寄贈いただいたときは、心臓が一瞬とまりそうになりました。「えっ、このようなものがあったの? なんて、すてきな……」と。もはや、この品のみは、しまい込みましたので、閲覧希望の方は、申し出て下さいね。

みっつめ。白泉社の販促用小冊子『COMiCATE(コミケイト)』(書店などに置いてあった無料小冊子)を読みたいという方が来館されました。松下容子先生のインタビューが読みたくて、と。国会図書館にもない、とのことで。私と中野はどこかにあったはず、とあちこち探し、ついに中野が見つけ出しました。女ま館には『COMiCATE(コミケイト)』がかなり揃っています。完全ではありませんが、かなり……(アバウトですいません)。

よっつめ。思い出の作品というのは、確実にあるのだなぁと感慨深です。細川智栄子先生『愛の序曲』を読みたいという年配の方が遠方から来館されました。単行本未収録、1973年『週刊少女コミック』連載作品。残念ながら、女ま館では見つからず。もしかしたら、まだ、未整理のダンボールの中にあるやもしれませんが。細川作品の底力はすんごいと思いました。私もそうですが、細川先生の、きらびやかな絵柄は、記憶の底でいまも輝いています。ほかに、『エリノア』(谷口ひとみ)が読みたかったという方、『おはよう エルザ』(原淳一郎/細野みち子)が読みたかったという方、子ども時代に雑誌を読んでいて、いまウン十年を経て、「まるで覚えている通り、まさに。また、読めてうれしい」と、晴れ晴れした顔で帰って行かれたり。女ま館やっていてよかったと思ういっときです。

あと、いつつめ。この夏は三重県多気町の少女まんが館TAKIがオープンの予定です。旧お盆すぎ頃、さるすべり一家で多気町へ行く予定でいます。楽しみです。

その後は8月末、むっつめ。鎌倉の「漫画の多い喫茶店 読ム読ム」さんで『ガラスの仮面』茶話会が……。49巻を読むという、あまりに大変な宿題が嬉しいんですが、読み切れるかどうか……。がんばりますっ。

2015年05月09日(土)
里中満智子先生棚と昭和31年(1956年)の『りぼん』表紙ともくじ

先月、多くの寄贈を頂いた里中先生作品群、棚の写真を撮りました。が、3段分だけ。
あと2段あるのですが、高いところにあり、暗くてipod touchでは写真がちゃんととれませんでした。
とりあえず、2.5段分。里中先生作品群は膨大です。
当時の人気は絶大でしたし、今も根強いファンが多数いらっしゃると思います。
少女まんが界の巨人のおひとりだと思っています。

 

次は、今から59年前、昭和31年の『りぼん』。幼女ブックと銘打ってあります。
1956年は、大戦後11年目。誌面は、少女雑誌の趣です。ふろくがすごいですっ。
目に星がかがやく、いわゆる“少女まんが”は見あたりません。
まんがはあります。少女まんが誕生前夜の『りぼん』といえましょう。
表紙まわりと目次をご紹介致します。

2015年04月18日(土)
50年前の『少女フレンド』(講談社)表紙ともくじ

冬期の蔵書整理を終え、かなり雑誌のフラグメンテーションが改善した女ま館です。
でも、まぁ、まだまだまだ……ですが。

さて、今日は、2階の手に取りやすい場所にございます『少女フレンド』から、
50年前の1965年、49年前の1966年の表紙ともくじを一冊ずつご紹介したいと思います。

↓左が1965年50円、モデルは西郷輝彦さんとエミリー・ベアード(イギリス)さん。

↑右が1966年70円。表紙の絵は『東京シンデレラ』(生田直親・原作、細川知栄子・絵)のノッコちゃん、『バッチリいっちゃん』(今村ゆたか)のいっちゃん、『おはようエルザ』(原淳一郎・原作、細野みち子)のさぎりとエルザ、そして『はしれフレンド』(松本零士・牧美也子)のあゆみとフレンド。

では、もくじです。最終ページです。作者の名前はありません。なので、こちらで補足して書き入れました。

↓1965年11号

=つづきまんが=
・島っ子(ちばてつや)ーーー日本一の人気者ミチが、はなれ島でかつやくする大けっさくまんが
・東京シンデレラ(生田直親・原作、細川知栄子・絵)ーーー全国の少女にゆめをプレゼントする、大ひょうばんまんが!
・美しきスザンナ(北島洋子)ーーーやさしいスザンナと、黒人サムじいやの愛と感動の物語!
・その名はリリー(里中満智子)ーーーふしぎな少女リリーは妖精、人間の哲也と……
・亜子(深沢一夫・原作、細野みち子・まんが)ーーー右手を失った天才少女ピアニスト
・あす子の虹(福本和也・原作、谷悠紀子・まんが)ーーーあす子が主役のバレエまんが最終回

(ギャグまんが)
・テンコちゃん(益子かつみ)
・団地のダン子(山根赤鬼)
・じょうだんポイ子ちゃん(キクチヒロコ)

=つづき物語=
・七枝(吉田としや・文、吉田郁也・え)

=すばらしい読み物=
・<紫あけみの看護婦日記>天使は なかない
・キャロリン日記
・ひみつの少女01号
・雪をとかした友情のおくり物ーーーニュース物語(北海道のある村が冷害のため、クラス半分の子が「べんとうのない子」という……東京の学校から救援物資が送られ、お礼をのべに上京したある少女のお話、ノン・フィクションです。50年前、昼ご飯も食べられないという本当の貧乏生活が、すくなくとも北海道には現実にあったのですね。それを思えば、弁当づくりが大変で、なんていう悩みは贅沢のきわみだと今の自分を叱りたくなりました)←大井の感想
・今週のニュース
・世界の合唱団めぐり
・<スターのつづるリレー感動物語>島かおりさんの巻
・特ダネ スターニュース
・ショーン・スカリーのブロマイドをあげます
・本間千代子さんのふしぎな力
・あなたがとくするページ
・<世にもふしぎな事件>かえってきた死体
・あなたを美しい少女に
・おわらい新聞
・五分間うらない
・世界のお友だちと絵はがき・切手・コインのこうかん
・第八号のけんしょうにあたった人
・ブロマイド申し込み用紙
ーーーーーーーーー
・来週号のお知らせ


↓1966年15号

ほぼ1年後のもくじには、各作品(よみもの)の肩にカッコ書きの副題がついていました。
が、作者の名前はありません。

赤毛のアンシリーズの広告も。

●口絵
フレンドクイズ
おしゃれ絵はがき
スターブロマイド(吉永小百合さん)
花の時間割り
運命をうつる鏡
びっくり調査 これがあなたの値段です

●たのしい まんが
(かなしいまんが)東京シンデレラ(生田直親・原作、細川知栄子・絵)
(あなたのゆかいなおともだち)バッチリいっちゃん(今村ゆたか)
(日本一のおもしろさ)ジャジャ子さん(赤塚不二夫)
(なみだと感動のまんが)アリンコの歌(ちばてつや)
(お友だちのあいだで大人気)はしれフレンド(松本零士・牧美也子)←ご夫婦
(かなしみの王女メリーの物語)さすらい王女(崎遼太郎・原作、里中満智子)
(日本一こわいまんが)へび少女(楳図かずお)
(おさらをぬらしてハッスルする)かっぱのパー子(益子かつみ)
(ますます大ひょうばん)おはようエルザ(原淳一郎・原作、細野みち子)
(高校二年生のおねえさんのまんが)エリノア(谷口ひとみ)
(早くも全国で大ひょうばん)ガタコン教室(石森章太郎)
(またまた登場)赤鬼ちゃん(山根赤鬼)

●すてきな読み物
ほんとうにあった世界のこわいお話特集
(特別企画=青春とはなんだ)野々村先生がつけた通知表をお見せします
テレビ特だねニュース
(ニュース物語1)浩志ちゃん ごめんね
(ニュース物語2)かなしいときには手をつなごう
(スターニュース)はりきる山田太郎さん
(外国少女におこったニュース)あの列車をとめて
(なやんでいます こまっています1)西郷輝彦さんと結婚したい
(なやんでいます こまっています2)からだのなやみにお答えします
(あなたは信じますか)血をすって生きかえった騎士
(ギリシア神話)パンドーラの小箱
(婦人ひみつ警察官Q3)おかあさんは生きていた
あなたがとくするニュース
(フレンド名作シリーズ)小公子 セドリック
008(くるくるぱー)はころしの番号
おわらい新聞

と、60年代半ば、少女雑誌『少女クラブ』から少女まんが雑誌『少女フレンド』に変身して2年足らず、まだまだ、読み物も豊富で口絵やスターのニュースもありのバラエティにとんだ内容です。ふろくこそありませんけれども。

このころ、「まんが」というひらがな表記が多用されているのですね。
また、ちばてつや、赤塚不二夫、松本零士、楳図かずお、石森章太郎、のちの男性大御所作家が目白押しです。

戦前の少女雑誌に川端康成や西条八十、サトウハチロー、などの名を見たときと同じ感慨に襲われます。

2015年02月12日(木)
『別冊マーガレット』蔵書整理中

 なかなか進まないのですが、蔵書整理やっています。『別冊マーガレット』の初期背表紙をカメラに収めました。並べたときの背表紙の統一感って、やっぱりいいな〜と思います。

2014年09月16日(火)
卒論の思い出と「小さな茶話会」のお誘い(長文注意)

 ところで、私の卒業論文のテーマは「少女まんが」でしたが、ぜんぜん、ちゃんとできませんでした。できなかった、ということしか覚えてないので、あまり人にいうこともなかったのですが(あんな論文ともいえないものを受け取ってくれた担当教授に感謝します)、当時(1983年)調べたことで印象深く残っているのが、コマ割というか構図を見比べたりしてみたということです。当時の人気まんがをざっとコピーして……みたいな。
 たぶん、なにしろ、深い霧がかかった記憶の底にあるものではっきりしないんですけど、そういう中でも覚えていることが、くらもちふさこ先生の構図がダントツで斬新だった、ということです。一コマ一コマの完成度もさることながら、見開きで見たときのバランスや流れが美しく、非常にわかりやすかったような……。人物の描き方もリアルで新鮮だった。やっぱり、美大の人は違う、とか感心したり。当時は、『おしゃべり階段』『いつもポケットにショパン』と、ほんとうに個人的に好きだったというひいき目もあると思います。
 大学時代の思い出には、くらもち先生に関してもうひとつあって、ある日、教養課程かなにかの授業の最初に、「最近感動した本について述べよ」と、いきなり指されて壇上に立って発表する羽目になり、一端は目の前が真っ暗になって、なにしゃべったらいいのかとくらくらしたのですが、気がつくと、くらもち先生の「いつもポケットにショパン」について熱く語ってしまっていた、という出来事がありました。
 何を語ったのか、内容は覚えていないんですが、気がついたら、終わっていたみたいな感じで。ほんとーにほんとーに好きだったんですね、当時は。『いつもポケットにショパン』が。ただ、担当教授が、社会学系の大学の授業で、少女まんがの話をされるとは……と困った顔をしていたのも覚えています。すませんでした〜。ほかに、思い当たらなかったんです。
 大学時代は、『別マ』『LaLa』『花とゆめ』を発売日当日に買って即読みしてました(通学時間が片道3時間だったからできたことだろうと、今、思います)。日出処の天子、摩利と新吾、ガラスの仮面、綿の国星、猫十字社、高口里純、亜月裕、市川ジュン、槇村さとる、森川久美、和田慎二、坂田靖子、他もろもろ、好きな作品作家が目白押しでした。
 あ、それで、卒論です。2,3年生の時の担当教授は中野収先生で(若者論など著名な社会学者、数年前に他界されました……天国の先生へ、お世話になりました〜)、私が大学2年の時、中野先生が『ユリイカ』に少女まんがについての評論を頼まれて書かれました。当人曰く「もう、読むのがつらくてつらくて。オレはすみからすみまで読んでしまうからさ。もう、どうやって読んだらいいのかもわからないし」と、ぼやいていたのが印象的。
 で、その中野収先生が依頼された少女まんが評論のまな板にあがっていたのは(って、なんつーか古すぎる表現ですけど)、ポーの一族、や、日出処の天子、や、風と木の詩、という24年組の一連の作品が主でした。当時のゼミのみなは、それなりにまんが好きでしたが、こうした作品を読んでいる学生は……私しかいませんでした。20名弱ぐらいゼミ生はいましたが。それほど、「80年前後に話題になった24年組の少女まんが」は、一般的ではなかったんでございますね。
 で、その時、「少女まんが」をテーマに、ゼミのみなで発表しあったんですけど、そのとき、初めて私は少女まんがを客観的に考えてみるということをして、出した結論が「少女まんがが開かれたものになった」ということでした。
 少女まんがはただひたすら好きで読んでいただけで、だれかと語り合うということもなかったけれど、少女まんがについて、みなで話し合うということは、非常におもしろい、と感じたのも、このゼミの時間がきっかけのひとつでした。
 あ、また、話が横道にそれましたが、そのゼミで、少女まんがに関する参考テキストは中野収先生がユリイカに書いたものだけで、当時画期的な評論集が出ていたらしいことはうわさにきいてましたが(橋本治『花咲く乙女のキンピラゴボウ』)、米澤先生の『戦後少女マンガ史』のことなど、まったく知りませんでしたし、ほんの一晩考えただけ、みたいなものでしたが、好きで好きでたまらない少女まんがについて考えるのは、なかなか楽しいことなのだ、ということにうっすら気づいたのもこのときかも。
 中野収先生は、大卒女子の就職先がまだあまりないこの時代(1980年代前半)、「文系の大卒女子にまともに仕事をさせてくれるのはパルコだけ。他は男性のアシスタントレベル。女の子はパルコを受けるといいよ。だけど、ほとんど社長面接で落ちる」といわれていて、「そうか、じゃあ、落ちてもともとだから、パルコ受けてみよう」と私は思い、博打気分でパルコ一社だけ就職試験を受けてみて、落ちて当然と思っていたのに、受かってしまって1984年春にパルコに就職したという……(就職試験を受けようと思うまで、パルコに行ったことがなかった、別世界だと思っていた)。そのパルコで、現在の夫・中野と出会い、乙女ちっくまんがを中野から教えてもらったりして、それで、社会人生活がはじまって、マーケティング雑誌編集部で親父エキスを勉強し、少女まんがからだんだんと足を洗っていくという軌跡をとるわけですが。
 ああ、だんだんだんだん、話がそれまくってますが、まぁ、そういうわけで、卒論は少女まんがにしたんですけど、4年時、中野収先生は、もうつかれた、と1年間大学をお休みしてしまい、稲増龍夫先生にゼミ生を託して、私は稲増龍夫先生に卒論をみていただきました(卒論の担当教授は、だから、稲増先生でした。稲増先生にもいろいろお世話になりました。どうもありがとうございました〜)
 そして、幾星霜、夫・中野純に卒論の内容を話したのが、つい数日前、くらもち先生が大好きだったこともお互い知りませんで、数日前に確認しました。なんだなんだ、1年ほど前に、お互いに沖倉利津子先生が好きだったことが発覚して驚いたり。少女まんがについては、「すきだった、おもしろかった」すらもあまり話さないということを再確認(単にわたしらだけ?)。
 というわけで、少女まんがについて、好きだった、おもしろかった、それは……と、語り合うのは、もしかしたら、ある種の人々にはまれなことかも。あ、若いうちは、ちょっと恥ずかしさもあったかもなぁと。でも、やってみると、なかなか楽しいことだと思います。年も年だし、もはや、恥ずかしさなど飛んで行っちゃったし、話がはずみますからねー。
 「小さな茶話会」は、ただただ少女まんがが好き(だった)、けれど、あまり人とはそういう話してないなぁというような、ごく普通の少女まんが好きのかた、もうもう、その「好き」という気持ちだけで、充分です。肩の力100パーセントぬいて、話してみましょう、ということなのです。あ、好きじゃなくてもいいです。なんとなく興味があるでも、もちろん、もちろん! 老若男女どなたでも!
 「すごく詳しい、つわものがいるにちがいない」「こんなことも知らないと、ばかにされるのでは」とか、そーいう心配は一切ありませんので、和気藹々ですから、いつも。お気軽にご参加くださーい。
 ここ五回ほど茶話会をつづけてみて、ほんと、人により読書体験、感想いろいろで、一方で、共通しているところも多く、いろいろな発見があり、まことに楽しい時間を過ごさせていただいております。お互い見知らぬ同士でも、旧知の仲のように話せてしまうすごさが、少女まんがにはございます。
 今回の「小さな茶話会」のテーマは「ポーの一族」アゲインです。一回だけじゃ、どうも消化不良な感じがしておりまして、もう一回やろうと第一回が終わった直後に思ったことでもございます。あのぉ、復習も楽しいですよ〜。ぜひぜひ、女ま館へ足をお運びください。
 なのに、くらもち先生のことばかり書いてしまいましたが……そう、次回はたぶん、くらもちふさこ先生かなぁと思っています。リクエストも複数いただいてるし。来年春!

2014年09月14日(日)
紫のバラから野いばらが……

あきる野へ引っ越した頃、近所の園芸好きのおばさまからいただいた紫のバラ。昨年、台風で根元からやられてしまいました……。毎年、虫に食われながらも大輪を咲かせて楽しませてくれた紫のバラ……ありがとう!! が、なんと、根元から台木の野イバラがしゅるしゅると元気よく生えてはじめ、屋根をつたい、さらに上に上に。初夏には白い小さな花を満開に咲かせてくれました。このままいくと、女ま館は野イバラに包まれそうな気配が……。なんてことでしょう。紫のバラがやってきたこともびっくりでしたが、野イバラに包まれるのもびっくりです。

2014年08月30日(土)
細川智栄子先生『愛の泉』はどこで読めるのだろう?

数日前、細川智栄子(知栄子)先生の『愛の泉』を是非読みたいのだけれど、女ま館にありますか、というメールをいただきました。

実はこの作品、私にとっても思い出深い作品です。小学3年生のころ、自分の部屋で一生懸命、主人公の女の子の顔を真似して描いていたのです。ある日、夕飯時におばあちゃんから「夏代は夕方どこにいっていたんだい? 何度も名前を大声で呼んだのに」と言われて、びっくり。大声で呼ばれてもまったく聞こえないほどに、集中して細川先生の女の子の顔の絵を真似して描いていたらしい、と自分で自分のことに気がついたのです。どうも大好きだったらしいのですが、よく覚えていなくて、おばあちゃんがらみの逸話でしか記憶してないっていう……。

オーストリア皇太子と日本の普通の女の子の恋のはらはらどきどきのお話『愛の泉』、初出は『週刊少女コミック』。1970年から1971年にかけて、断続的に連載されていたようです。1961年生まれの私なので、なるほど、びったしかんかん。9〜10歳の時、『週刊少女コミック』を買って読んでいたんだわ、私と。そんなころから雑誌を買っていた自覚はないのですが、本を見ながら一生懸命真似していたことは鮮明に覚えているので、うーむ、それほど身近に少女まんががあったのね、というか、細川先生の『愛の泉』にしびれていたということですね。もう、この女の子の顔の絵を上手に描くことに命かけていたかも……というぐらいで。

のちに、フラワーコミックスとして全5巻、1978年から1979年にかけて小学館から発行されていますが、今は絶版です。中古市場では高額になっているようです。

さて、女ま館にあるかどうか、ですが、フラワーコミックスは開架式には見あたりませんでした。初出誌の週刊少女コミックは、まだ、あまり整理が進んでいないのでなんともいえません。開架式の本棚ではすぐには見あたりませんでしたが、ダンボールをあけて整理がすすめば、何冊かはあるような気がします。って、見た気はします。

ですが……なんと! 1974年『別冊少女コミックちゃお』に掲載されていました。1974年1月号増刊(総集編第4部)、8月号増刊(総集編第6部)、11月号増刊(総集編第7部)。おおー懐かしい。懐かしすぎるっ。巻号数をみると、第5巻2号、11号、12号です。『ちゃお』の創刊第一巻一号は1977年なので、『別冊少女コミック』増刊という形になっています。

というわけで、女ま館では、ぬけぬけですが『愛の泉』を多少は読むことができます。第7部でも完ではなかったので、うーん、いつまで続いたんでしょうか。

女ま館にないけれど、国会図書館にはあるだろうと、調べてみると、フラワーコミックス『愛の泉』は全5巻ございました。なので、国会図書館に行けば、読むことはできます。さすが!

では、『別冊少女コミックちゃお』の総集編はどうなんだろう???と疑問がわき、さらに調べてみると、国会図書館には5巻2号(1974年1月号増刊)と11号(1974年8月号増刊)が欠号でした。えっ?

大阪府立中央図書館国際児童文学館には、この3冊はありませんでした。ええっ? 別冊少女コミックは2巻からほぼありますが、初期の頃は抜けが多いです。

東京都立多摩図書館にもありません。別冊少女コミックは6巻からの所蔵となっています。えーーーっっっ!

あ、でも明治大学米澤嘉博記念図書館にはありますよね、たぶん……と検索してみたところ、ありました。ほっ。さすがのさすが!

京都国際マンガミュージアムはありませんでした。検索の仕方がまちがってるかもしれません……。マンガの棚のものは検索できないようなので、不明ということで。

こうしてみると……女ま館もネットで蔵書検索できるようにするのが夢……。

ふぅ「増刊号」は奥が深いです。

2014年08月02日(土)
『あこがれの、少女まんが家に会いにいく。』カラー口絵の雑誌たち展、恐い少女まんがコーナー

女ま館では、現在、上記ふたつの小さな展示を行っています。


緑の女性も……こわいっ。館主・中野純が学生時代に描いた油絵。

 

先週、20箱の寄贈をいただきました。どうもありがとうございます!
貴重なものが多く、いつもながら、気が引き締まる思いです。
その中から、いくつかご紹介させていただきます。
昭和34年の『ひとみ』(付録付き)、
昭和41年の『週刊少女フレンド』(「エリノア」掲載、最終ページに「赤毛のアン」の広告が!)
1975年秋の週刊マーガレット。少女まんがブームといわれたど真ん中の頃、池田理代子先生描くところの表紙たち。
当時の熱気がつたわってきます。

 

2013年06月09日(日)
「小さな茶話会」第3回、山岸凉子先生作品〜の様子

6月1日に行われた「小さな茶話会」第3回は、山岸凉子先生の作品がテーマでした。少人数で和気あいあい、笑い声が絶えずという2時間でございました。ざざっとおおざっぱに、その様子を記します。

最初は簡単な自己紹介と山岸作品との出会い、それから、「作品リスト」や「おもな少女まんが雑誌年表」を見つつ、各自「へぇ、知らなかった、こんなに描いていたんだ」とか、「ああ、この作品はこの頃のものか。え、この雑誌が最初?」とか、いろいろな雑談となり……。

だんだんと、話は『日出処の天子』と自然と収束していって……

・少女マンガ読まない子や男の子も読んでいて、びっくりした。
・たぶん、男も読んでいい少女マンガだったって、夢枕漠さんがどこかに書いていた。男でも普通に読めて楽しかったって。
・え、楽しい? 切ないよね〜。
・最後に道がばりばりと割れるシーン、毛人と別れるシーンがかわいそうだった。
・あんなふうに告白したくはなかったよね、王子は。
・毛人、鈍すぎる。布都姫にむかついてくる。
・毛人、ってよくわからないよね、ぼーっとしていて。
・そんな毛人だから、王子には必要だったんだよ。
・布都姫、気の毒は気の毒なんだけど、死んじゃうんだもん。
・当時、みんな刀自古を応援していた。普通の山岸凉子ファンの女の子達。
・『ララ』本誌をとっておくと場所を取るから、『摩利と新吾』『日出処の天子』の二つを抜き出して、とっておいた。
・どっちもゲイまんがだね。うーん、摩利と厩戸王子は、重なるね。
・うんうん、どっちも自分を痛めつけちゃうタイプ。

と、ここで、話が『摩利と新吾』にいきそうになって、それは、次回ですから、と司会の中野。

・おれ、『日出処の天子』で一番記憶に残っているのは、実は夢殿で、あ、夢殿って実はこういう建物だったんだ、とすごく腑に落ちた。修学旅行とかで法隆寺に行って、夢殿見て、へんなの〜って思っていたのが、そうか、こういうことか!」と。
・それじゃあ、私が聖徳太子は美少年の超能力者ってことで腑に落ちてるのと同じじゃん。
・印象に残ってるシーンは、王子と毛人が二人であまごいの雲を動かしたとき……
・そうか、二人で空に行くのか、と。
・あ、あれはエクスタシーなんだろうな、と。肉体同士を通して、それを超えて得られる、究極の一体感みたいな。
・よく、雲を動かすといってる人がいるけど、ああ、こういうふうに解放するんだなぁって。1年前ぐらいに、また、読んだときに思った。最初に読んだときも、あの、広がる感じが印象に残っている。
・神はいくら大事にしてもたたるから、そのかわりに仏教がある、という厩戸王子の詭弁がね、すごく印象に残ってます。若かったから、えーっって。
・そう、だから、どちらも大事にしなさいっていうんだよね。
・まんがなんだけど、『日出処の天子』を読むと、そうか、歴史ってそういうことだったのか、とか、思えちゃう。
・私が覚えているのは、きゃぴきゃぴしてたころの刀自古。厩戸王子は印象に残ってなくて。でも、読み返してみたら、すごくおもしろいなって。
・私は読み返す時間がなかったけど、でも、なんといっても、王子様の「この気持ちは何だろう」っていう、だんだんだんだんとわかっていって、ああ、でも、だめなんだ、っていうその感じが、シーンというよりは、そのあたりがジーンと覚えてる。
・私も読み返してなかったけど、日蓮さんが「その童、人にあらず」っていうシーンが印象に残ってて。
・日蓮じゃないよね。(爆笑)
・日羅だ、日羅。
・シーンのひとつひとつが独創的なんですよね。ほんとすごいな、と。
・私はなんのシーンか、ふゆーんふゆーんってなっているときの、お嫁さんの話のときとか、つっこまれたときに、大姫との結婚話が出たときかな。なんでも得意な王子様が、女のことになるとあれなんだなぁって毛人にいわれて、毛人がうふふふみたいな、このシーンも印象的。
・恥ずかしかったやつで、淡水と王子が逃げてどこかに隠れたようなとき、厩戸王子が誤解して淡水に「やめろ、近づくな」って。淡水が「いや、そいうわけでは」と。王子が誤解しちゃったって。恥ずかしくなって。王子の意識しすぎが、読んでいて、私も恥ずかしかった。
・私の先輩がね、セリフの書き方が、四角だったでしょ。吹き出しが。それを見たとき「あ、これは、心の声だ、つぶやき、モノローグだ」と思ったというようなことをおっしゃっていたんですよ。四角い吹き出しが多いの、すごく。
・あ、なにか、解説に書いてありましたね。表現のパターンが統一されているって。
・これまで読んだまんがの中で、『日出処の天子』のラストの印象の深さは、すごく高いかな。ああ、終わった、っていう。
・かっこよかった。
・私は、あの希望のなさが息苦しくて。
・希望はないかもしれないけど、そこから聖徳太子として名をはせていくということですよね? 心の中はどうであれ、世間的には、そこから聖徳太子がはじまるという。あのラストが、一番、ああ……って思ったかも。
・男社会の中ではカリスマのようにあがめまつられていた聖徳太子が、でも、プライベートな部分では、ほとんど敗北者として、なのに、みたいに読みました。それが、哀しいのと、希望と両方あるんじゃないかと。彼自身はどうだったんだろう?
・救いがないって?
・白痴の女の子と一緒におちていこうってところが、ね。彼の子ども達がみな、ちょっとおかしいというあたりで、後に続かないところが。
・でも、彼は、自分の血を引き継いだ子どもが自分の仕事を引き継いで欲しいと思っていたわけじゃないから……まぁ、それはそれで。要は、毛人に失恋しちゃったっていうだけで。毛人はだめだったから、じゃあ、次っていうわけではなく、っていうね。自分の子どもが代々栄えていって欲しいってことじゃないわけだから。それはそれで。
・パートナーとしてお互いに愛と理解を求めている、という関係じゃなくて、っていうことろがね。なにもかえってくるものがない関係、どんどん自分が、つかれていっちゃうような。
・でも、王子様も、彼女からもらうものがあったんじゃないの?
・ああ、それは思った。あの白痴の女の子のほほえみ。聖徳太子ということでなく、ひとつの作品の終わりとして、こういうことを作者が選んで、ここに置いていって、私たちに投げていったていうのがね、当時のね。
・両方もらえないっていう、わかって受け止めてもらいたい部分と、毛人はだめだったわけじゃない、だけど、自分の特殊なところを共有できる人だったわけだけれど、理性的にはだめっていわれたわけじゃない? だから、両方もらいたかったけど、共感できる部分があれば、みたいな。そういう存在が必要だったんじゃない? なんていうか、吸い取り紙みたいな。
・相互に愛と理解をパートナーに求める、わかりあえる関係でなく。若いときに読んだから、こういう関係性かぁみたいな。いいとか悪いとかじゃなく、このラストは衝撃だった。
・切ない話ですよね。たぶん、少女まんが史上、一番切ない。
・そうだ! 革新的だわ。根っから、男社会を否定してるみたいなところがあるよね。すごいね。
・思っていた以上に、画期的なまんがなんだね。
・やっぱり、みんなが食いついただけのことはあるんだ。

というわけで、もしやして、一作品のみで課題図書はよかったのではないか? というより、『日出処の天子』という作品ひとつのテーマのほうがよかったのではないか、というほどでした。

復習してきた(読み返してきた人)も、復習してこなかった人も、ストーリーや印象的なシーンなど、よくよく覚えていて、しかも、今読んでも、とても面白いということに気がついた、と。つまり、時がたっても、色あせない魅力が『日出処の天子』にあり、というより山岸先生の作品にある、ということを、参加者全員が再認識致しました。

・昔、しょっちゅう、家族3人で少女まんがの話をしているときに、このまんがを映画化したら、配役は?……で、何回も、『日出処の天子』を映画化したら、だれがやるか、と。もう、何度も盛り上がった。それほど、この『日出処の天子』を映画化して欲しかったっていうことなんだけど。
 当時、適役はいないけど、まぁもっくんかなぁっと。そしたら、その後、聖徳太子のテレビドラマをもっくんでやってしまって、「君は『日出処の天子』にでるはずだったのに!」みたいな。
・少女まんがの映画化、最近多いね。
・昨日も、テレビで、『パラダイスキス』やってましたね。
・『ナナ』の一作目がすごいよね。まんがとキャスティングの違和感のなさが。違和感のない人間が実在するようになったという。それが昭和当時はきびしかった。
・そうそう、淡水や調子麻呂はヨン様に。
・なるほどね、今なら自然に韓国の俳優をキャスティングできるよね。
・少女時代使えばいいんじゃない?
・聖徳太子、のタブーさえ乗り越えれば、人材的には、今はけっこういけるのかもしれない。

・『汐の声』は?
・怖さ的にはランク高い。すごい怖いことばっかりで、これも救いがない。怖いとこ入って終わりでしょ。
・「おまえはわたしだ」って、あれはつまりどういうこと?
・それは、そのまま、あの状態が続いているってことでしょ。
・つまりあの子は死んで、あの家で、あの家の地縛霊的なものになるんだけど、自分は霊になったのに、人を驚かす側じゃなくて、霊に追いかけられ続ける……。
・そんな悪いことしてない、運が悪いだけだよ。
・そう考えると最悪のまんがかも。
・でも、やっぱり、言うことははっきりいわないと、だめですよ〜って。やっぱり、親とかに、ちゃんと意志を伝えないと、こうなっちゃうっていう。
・結局、因果ものってことか。
・でも応報はできないわけでしょ。ぜんぶ自分にやってくるばっかりで。
・かわいそうだなぁ。
・地獄絵とか見てる感じですかね。読者としては。

と、ここで、時間も1時間半を過ぎ、参加者の方からいただいた「山岸凉子の会」文字つきの丸いケーキを切って、ケーキタイム。

・と、押し入れ、ね。しめたはずなのに、押し入れがちょっとあいている、気がついた場合、それはしめるべきかほっておくべきか。いつも悩む。
・こわいよね。
・山岸先生の作品は家の中の怖い話が多くて、畳の下から首が出てくるとか、ガラス越しに風呂場の影がみえる、音が聞こえるけど、影がうごいてない。
・家の中だから、逃げられない。
・エッセイみたいな短い作品の中で、ゆうれいがいっぱいて、女の子が岐路についてきて、家に着くとおばあさんがここはあなたのくるところじゃないから、帰りなさい、と毅然とした態度でいうの。かっこいいなと。ああ、こういえば、帰るんだと。
・山岸凉子の怖いまんががほんとに怖いと思うのは、「画面が白い」。それまでの怖いまんがは、すみべたとかつかって、全体画面を暗くして雰囲気出して。山岸凉子の怖いまんがは、明るい。夜でも電気がついてるっぽい。すごい明るい世界で、怖いことがどんどんおこっていって、明るければ安心とは思えないっていうのが、あれはけっこう画期的なんじゃないかな。
 それまでも、楳図かずおに代表される、ほんとにすみを使いまくった怖いまんがだった。
・ひいなの埋葬、は、「ひな」を「ひいな」というだけで怖い。
・『夏の扉』の一番のシーン、見開き真っ白。それ見た途端、涙がでちゃった。

・『天人唐草』は?
・印象的だった。単行本で出たばかりの頃に読んだんだと思う。読み返さなくちゃな、というのが、自分の中にあった。私は次女だしうじうじ系だったし、姉と母が外向的で敢えてしゃべる必要もなく、まわりがフォローしてくれる人生だった。まわりに預けちゃってる人生が、自分だったから、主人公が最後にそっち側にいっちゃって、自分にとって衝撃的で、読まなくちゃっていうのがあって。
・おとうさんのあり方とか、リアル。
・悪意ある描き方してる。悪い人、愛のない描き方。
・80年前後はああいう人がいた。リアリティがあった。おやじのリアリティがあって、そのおやじの内面ってなんだよ、っていう。私も、一歩間違っていたら、ああなっていたんじゃないかという恐怖。だから、私は誰にも『天人唐草』おもしろいね、って話したことがなかった。
・そんなにオープンに性の話しないもんね。
・そう、話したことがない、今だから言えるけどっていう。
・今回、インターネットを検索してみたら、けっこうみなが『天人唐草』はすごいといっていて、え、そうだったの?と。
・そう、今回初めて『天人唐草』ってそういう位置づけのまんがなんだって。
・読んだ女の子達は、みんな心の引出のどこかにしまっている。昔、友達が集まってまんがの話をするということをやっていたんだけど、最後に、だれかが「ぎゃーというあれ、なんだっけ?」というのね。なぜか。それが、3回繰り返された。
・自分にとって、とても衝撃的だった。長いこと、しゃべれなかったなぁ。
・女性には衝撃なんだろうね。男性には、そんなに重きをおかれるものなのか?と。
 きのう読み返して、けっこう、これは挑戦的な、画期的なまんがだな、と。女性にとって衝撃的というのと通じるんだけど、ちょっと別で、少女雑誌が少女まんが雑誌になって、少女が読む雑誌というのが連綿とあって、それは日本以外ないらしい。少女向けというジャンルが。「少女向け」にしたのは誰かというと、当然それは男で、男社会なわけで、少女というのはかくあるべき、というのを雑誌で毎月教えていくっていう、男から女へ、女はこうありなさい、って教えていく。それは少女まんが雑誌にも引き継がれて、だから、最初は少女まんが雑誌に男性作家がかいて、少女はかくあるべきというのを男性まんが家が描いてきた。ヒロインも、ヒーローとは違って、こうあるべきと。描かれ方をしていて、水野英子ぐらいから女性まんが家がでてきて女性まんが家が主導権をにぎるの24年組ぐらいからで、24年組が描きたいこと吐き出し始めて、一段落したところで、『天人唐草』がきた(1979年『週刊少女コミック』初出)。
 少女がこうあるべきということを素直に受け止めていると、こうなっちゃうんですよ、いいんですか?っていうのを、少女向け雑誌でやってしまった。
・あー、レディコミのはしりといわれる『ビーラブ』が79年創刊。女性が社会に出て行く、そこに出ていくには、男性が思い描く女性であることにメリットがあるわけだけど、そうだけど、あまりに受け止めすぎると、岡村響子さんのようになっちゃうから、気をつけてね、というアドバイス?みたいなまんがだったのか!
・同僚のけばけばしい人がけっこう幸せになっちゃう、ちゃらい男の人、斎藤さんのよさがわからないっていうのがもう、ね。
・すごく今思えば簡単なことなんだけど、こういう世界があった、あの頃は! 言葉に出来ないタブーなことだった。すごいわぁ、フェミニズムの人とかいたら、もう、大変なことになっていそう。
・天人唐草とフェミニズム……。
・あの人はわかってくれる、っていう襲われちゃった後に、それでもすがっちゃう、のがね。
・レディスコミックのきもですよね。

といわけで、課題図書にあげていた『セイレーン』については、ほとんど、話題になることなく……

・もう、時間ですね。
・前回、前々回と違って、個人的思い入れがあまりない感じが、熱があまり感じられなかったですね。でも、今読むべきものとして、今おもしろい、このあとも読んでみよう、という気がする話になりましたね。前2回は熱は帯びていたけど、過去の話で、今回は熱はあまりないけど、過去の話ではあるけれど、今、どう思うか?今どうとらえるか? が見えてきて、すごくおもしろいと思いました。(中野)
・今読み返してみて、おもしろくて、ありゃと思って。原発のこととか最初に言及したのも山岸先生だし、色あせないテーマを描いているんだな、と、また、いろいろ読み返してみようかなと思いました。みなさんと話せてよかったです、楽しかったです。
・作品として古くならないというか、人間の変わらない、業、家族関係、社会と自分の関わり、基本的なそういうところ、きちんとツボをついてというか、そういうものなんだな、と。『日出処の天子』も、短編も読み返してみたいなと思いました。
・私もいくつも読み返したり、新しく読んだり、すごくおもしろく読めている。いろいろんなジャンルのもの上手につくっているなぁ、と。力の抜けた感じの絵がすごく気に入っていて。
・私は最初に読んだのが、『天人唐草』だったので、革新的な作品だったのか、そうだったのか、というの新たな発見でした。まわりの友達で読んでいる人がひとりもいなかったので、こうやっていろいろな人と話すというのが、すごく楽しかったです。
・こんなにいろいろ話をきいたりすることで、そんなに考えもしないで読んでいたので、また読み返したり、こんなにいっぱい山岸先生の作品があるなんて知らなかったので、また、読みたいなと思いました。
・わたしも昔の作品がこんなにおもしろそうなのがいっぱいあるなんて知らなくて。梅原猛さんの『隠された十字架』という本とか、気になるので読んでみようかと思いました。

などなど、最後は、会の感想を皆で述べあいました。

・次回は木原敏江さん、9月の最後の土曜日、テーマは「摩利と鬼」ってことにしようとなりました〜。

*山岸凉子先生、すばらしい作品群、ほんとにどうもありがとうございます。『だっすく』『ぱふ』の80年前後の号をあとで見てみたら、背表紙に「山岸凉子」とあるものが4冊。萩尾望都先生、竹宮恵子先生、大島弓子先生はみな2冊。山岸先生、すごいです。

*長文お読みいただき、ありがとうございました〜。

013年05月25日(土)
今日もいつもどおり開館しておりました。

今日は車のお客様が3組いらっしゃられ、駐車スペースがいまいち使い勝手が悪いため、大井はにわか交通整理役になりました。
昼下がりからは庭の雑草刈り。刈りすぎず、ぼーぼーには見えない程度に、いい加減に刈る。自然な庭を目指す。

崖側に設置されたちっさな灯籠が崩れて、ちょっとびっくり。安定するようになおしました。

玄関脇の紫のバラ、つぼみが17コは確実についていて、見落としもふくめたら20コぐらいはある感じ。すごい。何度も虫に食われて枯れ果てそうになりながらも復活し、この春には根本も折れちゃったのに、私のいい加減な包帯カバーと支柱だけで、こんなにも命を続けるとは……。農薬、肥料、薬一切なしで、バラなのに、よくぞ……。

ポストには、高橋真琴先生の個展のお葉書が入っていました。毎年、テーマを変えて続けておられます。感動します。
今年は「海のファンタジー〜人魚の世界〜」
5/13〜6/8まで、銀座ギャラリー向日葵にて。
真琴画廊ニュースページはこちら→http://www.macotogarou.net/news/index.html

リブライズの冊子『図書館はじめよう。』を、今週水曜日に地蔵さんよりいただきました。
女ま館が見開きで紹介されている〜。どうもありがとうございます!

『Pen』の少女マンガ超入門、ざざっと目を通させていただき、ふーむ、これが男子目線ってことなのかぁと、勉強しつつ。完全保存版と銘打ってるとおり、ページ数をさいて、とてもわかりやすくまとまっていた。

立川の映画館で、一日限りのクリーミィマミ限定グッズショップがあるというので、ちょっと見学に行ってきました。なるほど、10歳の娘が言うには「古い」と。でも、魔法少女が描かれたTシャツを見て、これなら絶対クラスにも学校にも着てる人はいないし、ポップだから欲しい、と、いうので、一枚3150円購入。記念に。スタジオぴえろさんの名前を覚える。

と、今日、来館された方から「ぴえろ全書」という豪華な本を寄贈いただく。『クリーミィマミ』の制作会社で、アニメ界では知らぬ人とていない有名な会社のようで。『クリーミィマミ』は、最初から、テレビ会社や代理店やアニメ制作会社やらの男性の方々の世界から企画が生まれ、脚本が書かれ、そして、少女達が読む雑誌にマンガ連載されたという誕生の筋道のよう。ひとりの作家が個人の表現としてやむにやまれず描く、といったような生まれ方ではないのね、と、納得する。経済社会の要請というか、社会経済の中でいろいろな人々とのプロジェクトとして進めていくというような、利益追求しっかりいたしますからという中での……。

「魔法少女はもちろん、地獄少女、とかも、たぶん、そうだろ。魔法使いサリーも、ひみつのアッコちゃんも、”少女”がつくものは、そういうことだろ」と、中野。ああ、確かに少女まんが雑誌などは、まさに、経済社会の中の産物な訳だし。「少女」産業というものがあったということなのか、と。自分があまりにジャスト少女だったんでようわからんかったわ、と50歳をこえて、やっと腑に落ちました。

2013年01月25日(金)
黄金の別冊マーガレット

70年代の『別冊マーガレット』は、当時、中学生だった私にとって、何よりの楽しみで、次号が発売されるまでの一ヶ月間、繰り返し繰り返し、読んでいました。表紙を見ているだけで、あの頃のふんわふんわした気持ちがよみがえります。心のゆりかごでした。

すべて、小長井信昌編集長時代の号です。

『別マ』は、69年から相当数女ま館にございます。

2013年01月11日(金)
女ま館の柚子、セシウム19Bq/kg

年末、いくら頭ではわかっていても、もしかしたら大丈夫かもしれない、と、
女ま館の北側にたわわに実る柚子を3キロもいで、市民放射能測定所へ検査をお願いしました。
結果は、セシウム19ベクレルパーキログラム。首都圏の柑橘類としてはそう大きな数値ではないとのこと。
やはり、あきる野市網代の地も、汚染されている。
(群馬大学早川先生の放射能汚染地図によると、0.125μSv/h 色つき汚染エリアの端っこ)

30年後も、100年後も、セシウム君、あなたはそこにいらっしゃるのか。

女ま館はあなたとともにある。

2012年10月27日(土)
虫に打ち克って、紫のバラ、大輪する

女ま館玄関脇の紫のバラ、今日が今年一番の見ごろとなりました。
虫にも負けず、とうとう虫に打ち克って、見事な大輪を咲かせてくれました。

2012年10月10日(水)
小さな茶話会 大島弓子先生作品テーマのご報告

大島弓子先生作品テーマの茶話会の大ざっぱなご報告。

最初は自己紹介。

Iさんは、中学時代に『ミモザ館でつかまえて』と出会い、一番印象深い作品は、タイトルが思い出せないのだけど、世界の終わりの一日前に皆でパーティをするというお話。『じぃじぃ』、サバ、グーグー、猫がらみのお話が好き。

Mさんは、小学校高学年頃に『詩子とよんでもういちど』が出会いだったけどよくわからず、中学高校になって、『わたしはネプチェーン』『全て緑になる日まで』『ローズティセレモニー』などが好きになったそう。

Yさんは、単行本で『雨の音がきこえる』を読んだのが最初。『ジョカへ』『ヨハネが好き』『F式欄丸』『バナナブレッドのプディング』などが好き。

Hさんは、岡崎京子作品から大島先生を知り、もはや、大島先生が一番の好きとなったという。『バナナブレッドのプディング』『ダリアの帯』『F式蘭丸』『つるばらつるばら』『桜時間』『8月に生まれる子供』などが好き。

Yさんは、Hさんのお友達で、大島作品はほとんど知らなかったのだけど、少女まんがは大好きで、木原敏江先生『アンジェリク』、青池保子先生などが好き。

I男さんは、黒3点のひとり。少女まんがはきらいだけど、大島弓子作品は、少女まんがと思っておらず、絵柄が変わった70年代中頃からのものが好きだったそうです。一番は『さようなら女達』。倉多江美、樹村みのり、まついなつき、高野文子さんなども好き。ほんとの一番は『カムイ伝』(白土三平)。

H男さんは、飛び入り参加の黒3点のひとり。『ぱふ』のベスト100でダントツ一番だったということで『綿の国星』大島先生を知り、『バナナブレッドのプディング』『いちご物語』などに感銘を受けたとか。少女まんが家ベストは、あまり有名ではないけれど、80年代前半にデビューして、DXマーガレットなどに描かれていた芳成かなこさん。

Fさんは、だいぶ遅くに到着。とはいえ、前回の茶話会『ポー……』にも参加し、2回連続の唯一の女性。『四月怪談』の中のセリフ、「一週間の便秘ですよ」が、やりたくないけどやらねばならないときに心で唱える呪文となっているほど『四月怪談』が好きだったとか。

次は館主の中野ですが、『F式蘭丸』が一番好きだと思っていたけど、読み返してみたら、『さよなら女達』が一番好きだったということがわかったとか。哲学書と同じ感覚で大島作品を読んでいたけれど、今、読み返してみたら、なにからなにまで忘れていた……。もう、あの世界に入れない身体になってしまったかも。

最後に、この報告書を書いている大井ですが、私は中3の頃、近所の雑貨屋さんで見つけた『LaLa』創刊3号をもう天にも昇る気持ちで買って、その巻頭カラー作品だった『夏の終わりのト短調』が最初の大島ショック。よくわからないながらも、大好きで、20代には、ほとんど聖書のように読んでいてファンレターを出したことも(生まれて初めて他人様に告白。夫の中野にもいったことなかったんですわ〜なんか胸の奥がすっきり)。『ダリアの帯』が一番好きだった。

大井は、今回久しぶりに読み返して思ったことは、全部覚えてるということにもびっくりしたけれど、スピリチュアル系のお話がけっこうすっと身体に入ってしまう最近、その下地はすべて大島先生作品にあるんだわ、と新たな発見があったことでした。

さて、Mさん、Yさん、I男さんはなんと中学時代の同級生。Fさん、中野、大井は元会社の同僚で、HさんとYさんはお友達、Iさんは当日、メールをいただいての準飛び入り参加、H男さんは話が始まってしばらくした頃に顔を出した、まさに飛び入り参加というような感じで、男性3名、女性7名、総勢10名というメンバーが集った茶話会でした。

話は覚えていても、タイトルを思い出せなくて、なんだっけ? と、みながえっとえっとと、話が迷走することしばしば。でも、基本、和やかに穏やかに笑い声が絶えず、話が進みました。

大島先生には、絵柄やお話的に後に続く作家さんがいない、いや、岡崎京子さんが、実はまさにフォロワーなのではないか?とか、世間的には吉本ばななさんということになっているが、吉本ばななは岩館真理子ではないか?とか、少女まんがは、1985年『ASUKA』の創刊とともに終わったのではないか? 90年代に入ってからは、美少女ロリコンブームとの兼ね合いから、少女まんが雑誌から「少女」という言葉が抜かれていくと現象がある。つまり、90年代以降は「少女まんが」そのものが死語になったのではないか? でも呼びようがないから、仕方なく使ってるというあたりが現状なのか? 現在の少女まんがは「ガールズコミック」? 大島作品に登場するパラレルワールドのような発想は、どこからきてるのかしら? 『バナナブレッドのプディング』冒頭で、「バナナブレッドのプディング」といって自己紹介したときに、みなが笑ったのはなぜ? などなど、いろいろな話が出ましたが、最後に、中野がまとめさせてくれ、といい……「大島弓子は話しにくい」ということで、爆笑。まとまってしまいました。

いや、ほんと、どうにも、大島先生の作品を本当に愛しているのに、その気持ちが言葉にならないという、もどかしいという気持ちが私の中に皆と話しながらつもっていったのでした。

とはいえ、最後にFさんが、大島先生の作品は、どこかおかしくて、へんで弱い人間でもいいんだよ、だいじょうぶ、と応援されている気持ちになる、そこが好きなのかも、と。おお、確かに。

いま、自分の子をナイフで切り傷つけ殺してしまう母親とか、いじめによる自殺とかいろいろむごい事件が続いているけれど、そんなことをしてしまった人たちが、大島作品を読んでいたら、そんなふうな行為にまでいくことなく、心の中でブレーキがかかったのではないか? と。

そうだ、この時代、大島弓子先生の作品は、もっともっと皆に読まれなければならない、拍手〜と、最後の最後は、まとまりました。

蛇足ながら、茶話会当日、『ソトコト』11月号が女ま館に届いておりまして(編集の方、いろいろどうもありがとうございます!)、今、書店で販売中のこの雑誌に、女ま館、6ページにわたり紹介いただいております。そして、大島弓子先生作品が「一番敬愛する」作家さんとして、単行本の背表紙ずらーりと並んでいます。

うーん、これを見て大島弓子先生作品に興味を持って、読んでみようという人がひとりでも現れてくれると、よいなぁと思いました〜。

2011年12月20日(火)
少女まんが雑誌の表紙いろいろ2

2011年12月18日(日)
少女まんが雑誌の表紙いろいろ

撮りためていた懐かしの表紙シリーズです。雰囲気ぐらいなんですけど、お楽しみ下さい。

2011年10月01日(土)
「幸せな時間をありがとうございました。」

……とは、今日来館されたある方から言われた言葉です。ずっと心に引っかかっていた少女マンガの台詞などに、昔のマンガを読むことで接することができて、ほんとうによかった、と。晴れ晴れとうれしそうなお顔でおっしゃられました。その笑顔を受けて、私は「いえいえいえ……」むにゃむにゃと言葉尻を濁してしまいましたが、こちらこそ、そのような幸せな時間を提供できたことが、本当に、心底、幸せなんですっ! はい。こちらこそ、ありがとうございました。

で、その方のお連れの方がおっしゃっていたこと。

「雑誌連載時と単行本とでは、同じ作品でも微妙に台詞がちがっていたりするんですよ。『ガラスの仮面』だけでなく。単行本化するときに、気が変わったりするんでしょうかね。台詞が違っていたり、ある言葉が抜けていたりするんですよ。いろいろな作家さんがやってることで。単行本はわりと簡単に手に入るし、読むことができるけれど、昔の雑誌となるとむずかしい。ここ(女ま館)は、ほんと、雑誌が相当そろっていて気軽に読めるので、ありがたいです。私は、ここでは雑誌しか読んでないですよ。今日も、雑誌を読んでいて、単行本と違う箇所を3つ見つけました。あと、単行本化されていないものを読んだりもしてます。ほんと、助かってます。1年前にここに来たけれど、また、1年ぶりに“詣で”にきました。来年も、また、来まーす」と。

ああぁぁぁぁそうなんですか。『ガラスの仮面』だけでなく、雑誌連載時と単行本ではまったく同じというわけではないということが頻繁にあるわけですか、そうですかぁ。勉強になりました。そして、やっぱり、単行本化されていない雑誌だけでしか読めない作品は、かなりの数あるということですね。来年、また、お待ちしていますよ〜。

ところで、女ま館は、この半年で、『プリンセス』『少女フレンド』『マーガレット』などの週刊誌、月刊誌、臨時増刊など貴重な品々が相当数そろいました。『少女』などの戦前の少女雑誌も多数そろいました(あるひとりの方からの大量寄贈によります。本当にありがとうございます!!)。まだまだ整理が追いつきませんが、女ま館蔵書の半数以上は雑誌類という状況です。来年ぐらいまでには、すべての雑誌類を段ボールから取り出して一覧できるようにしたいと思います……(遠い目)。

皆様から寄贈いただいた少女まんがは、天からの授かり物のように、大切にこれからも保存していく所存です。そして、読みたい人が気軽に読める場所、触れる場所として、一般公開を続けていくつもりです(「自宅ミュージアム」運動と我々は呼んでおります)。

少女まんががぎゅーぎゅーづめになりつつある水色館を、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2011年09月10日(土)
少女マンガ雑誌の表紙たち その1

前回の雑誌表紙写真が好評でしたので、今日、寄贈いただいた中から、ランダムに写真を撮りました。60年代が主ですが、バラエティに富んでおります。いまいちアイドルの名前が出てきません。みなさま、思い出しつつ楽しんでいただければ……。






↑由美かをるさんだぁー

↑小さな恋のメロディ、ですね。

↑柔道一直線


↑里中先生、ピンクのおぐしがすてきです。


関東大震災直後の号……業火のバックがリアルで……


↑沖倉利律子さん!

↑1984年だったと思います。とても当時のファッションの雰囲気がでている〜。

↑おまけです。母屋のそばに植えたひまわりが見事!花を咲かせてくれました。

↑ピンクのかわいいお花、庭に自生中

↑こちらも庭に自生中、確か漢方な花

2011年09月02日(金)
週刊マーガレットの表紙たち

8月下旬、寄贈いただいた週刊マーガレットの一部です。
携帯電話カメラなので、質的にはちょっとですが……雰囲気だけでもお楽しみ下さい。

70年代のもの……懐かしいです。

↓大矢ちきさんの表紙!

↓60年代、少女マンガの曙を彩る高橋真琴先生の表紙

↓個人的に、とても再読したかった作品が掲載されている1975年の別マ。
川崎ひろこさん「時の彼方に」、単行本になっていないということで、もはや無理と思っていましたが、
まさか、また、読むことができるとは……感慨深いです。


2011年08月13日(土)
ランダム写真館

ほんとは、この日記にアップしようとため込んでいた携帯写真。やっとパソコンに取り込みました。ここ一,二年の女ま館関連写真です。

春のある日、1階の窓から見える女ま館。風が通る絶好の読書コーナー。娘がたんぽぽで遊んだ後です。

昨年夏、蜂と女ま館のコラボレーション。女ま館外壁を蜂さんは巣材にした模様。今年、女ま館に蜂の巣はありません。

オスカル人形の寄贈がありました。

ベルばら関係のご寄贈の品々。ありがとうございます!

以後、この3月から毎週のように寄贈いただいてる品々の一例です。

あ、これは、女ま館玄関脇にさく、紫のバラ。今年はいっぱい見事に咲きました。虫の攻撃を物ともせず、強くなったバラ。

少女マンガの源流、戦前の少女雑誌たち。……持つ手が震えます。

ふと、中味をみた60年代の少女フレンドに……

『ヒマラヤの孤児マヤ』(岩村史子著)というかつての学校推薦図書の作者の方々。マヤちゃんの記事。長年、ネパールで伝染病の治療予防や栄養改善に活躍、「ネパールの赤ひげ」と言われ、アジアのノーベル賞・マグサイサイ賞を受賞した、岩村昇 博士と史子さんが読み物記事になっていました。岩村昇博士は、もうひとりの館主、中野純の母方の親戚です。女ま館で身内に遭遇。ちょっと、びっくりいたしました。

2011年03月09日(水)
女ま館略史を作成

今月12日の東京にしがわ大学の授業のために、女ま館の歩みがいまいち時系列で整理できておらず、古いデータを引っ張り出しては、略史を作成。

1995年末、インターネット普及前夜のパソコン通信全盛時代に、女ま館の芽が生まれたことを確認しました。

少女マンガへの愛とネットの力によって、実に多くの人々のご協力を得て、まさかのオフライン少女まんが館が誕生し、雑誌新聞テレビウェブなどに取り上げられることで、全国区になり、北は北海道から南は鹿児島まで、日本全国、多くの方々から多数の寄贈を受け、今日の女ま館の姿につながっています。

日の出町の女ま館に我々が引っ越した2002年、世田谷区から引っ越してきたということで「オウムじゃないか」疑惑がご近所さんに広がった模様で、「ああ、世間とはそういうものかぁ。説明すればするほど、確かに怪しい存在だし……わたしたち」と、世間様というものを勉強させてもらいましたが、地元スポーツサークルに入ったり、子供が生まれたりすることで、ご近所から信頼されるようになったりして……。

実際、近しい友人知人の方々、お名前しか存じ上げない多くの寄贈者の方々、また、このような活動を許してくれている我が家族のみなみなさま、本当にありがとうございます。涙を抑えるぐらい感謝の気持ちが涌いてきてしまいました。ほんとうに。ぐぅ。

子育てや家事にまみれがちな毎日ですが、女ま館活動も、活を入れていかねば、と思う次第です。(大井)

2010年11月27日(土)
少女まんが研究のたまごさん、がんばって!

古い少女漫画に魅せられたというある女子学生さんが、女ま館についていろいろ直接聞きたいとのことで、今日、女ま館までやってきてくれました。いろいろお話しして楽しい時間を過ごさせていただきました。

彼女の名刺には『日出処の天子』『風と木の詩』『トーマの心臓』とありました。彼女の好きな作品ベスト3だそうで、おおーわかりやすい。文学系傑作揃いです。まさに「古典少女マンガ」。この夏休み、ゼミとは違う自主研究として少女漫画を研究していたそうで、少女漫画が世代を超えて読み継がれている……と、目の当たりにして、胸に熱いものが……。

そういえば、私も卒論のテーマに少女マンガを選びましたが、まったくまとまらず、できないです、すいませんというようなものを提出して、お茶を濁して卒業させてもらいましたので、胸に熱いものが立ち上ると同時に、苦い気持ちも思い出してきて、複雑。

たまたま、彼女と会った後、大学時代のゼミ仲間と1年ぶりの飲み会で、仕事や子どもの話などをしつつ、皆、りっぱな大人になってと思いつつ、でも、私は、未だ学生時代のテーマを持ったまま生きてるなぁと。

*個人的に、おおよそ、少女漫画=〜1960年代 少女マンガ=1970〜1980年代半  少女まんが=1990年前後以降〜 というように使い分けています。

2010年09月30日(木)
月刊ミミが寄贈されました

先日の開館日、『月刊ミミ』創刊号から数年間分が寄贈されました。車で直接持ってきてくださいました。貴重な品をありがとうございます! 

初期の頃は、私も愛読者だったので、懐かしかった……と言いたいのですが、表紙を見ても、ぜんぜん、懐かしくない。完璧に忘れていた。金髪碧眼の女性モデルの表紙のせいか……。大島弓子先生の「シンジラレネーション」とか「いたい棘いたくない棘」とか「ローズティセレモニー」とか、もう、むさぼるように読んでいました。アイドル系の情報はあまり読んでいなかったような……。文学系少女漫画とアイドル系情報が混在した奇妙な雑誌でした。

とはいえ、『月刊ミミ』といえば、吉田まゆみ先生です。大人気でした。素敵な彼が年下で、相思相愛がわかってハッピィでおわりじゃなくて、そこからどうやってつきあっていくかをリアルに、ちょっと素敵に描いた作品群というか。それが当時、とてもまぶしかったという記憶があります。新しい感じがしました。私の中では、レディコミへの移行期的雑誌のひとつだというふうに格納されています。

2010年06月01日(火)
女ま館近辺の宿泊施設

ある方から、伊奈キャンプ村のことを質問されて、答えられなくて、はい、調べてきました。

伊奈キャンプ村とは、女ま館裏手の土手を駆け下り、秋川渓谷に出たところで、その斜めむかいの浅瀬の河原と渓谷沿いにあるキャンプ場です。川に入ってジャブジャブ歩けば、まっこと距離的には近いんですけど、公道を徒歩でいくとなると、ぐるっと橋をわたることになるので、三〇分ちかくかかっちゃうという場所でございます。

さて、この伊奈キャンプ村、ほぼ50年の歴史があり、120人の収容人数とか。エアコン付きコテッジがいくつかあって、バーベキューの道具などは貸し出し。布団類も貸し布団あり。部屋にはIHミニキッチンがあったりするそうです。風呂やシャワー室もあるし、共同炊事場もきれいだし、なにしろ、浅瀬の川と広い河原が魅力。いいところですよ。夏の週末は団体さんの予約が1月あたりから入ってしまうので、週末の予約は早めがぐーです。平日はけっこうまだだいじょうぶとのこと。少女マンガとキャンプ(バーベキュー)のカップリングもいいかもしれません。

他に、女ま館から頭を上げると、そこには「旅館網代」が、でんと構えてございます。伊奈キャンプ村のご主人によると、この旅館は現在休業中で、お泊まりできません。ここは、女ま館から徒歩1−2分なんですけどね。残念。

そして、網代橋の手前には、民宿ロッジ「秋朋」。老夫婦とその娘さんがやってるという話ですが、お泊まりしているお客さんをあまり見ません。うーん、やってるのかやっていないのか、なぞです。古いけれど、とてもいい感じの広い庭があります。

次が、女ま館から徒歩10分ほど、秋川ぞいにある国民宿舎止水荘。ですが、ここはつい最近、店じまい。やってません。残念。持ち主はあきる野市。今は黄色いテープがはられていて、入れません。営業中であってもほとんど幽霊屋敷のようでしたが、今はまさにほぼ幽霊屋敷そのものになっています。

そして、最後は「花いかだ」。止水荘のすぐ近く。秋川河川敷にあるという感じの、絶景ポイント。民宿ですね。釣り堀も同時に経営しています。新築間もない感じで、宿の女将さんは、明るいやさしそうな女性でした。おすすめです。

2010年05月29日(土)
樹村みのりさん作品に心えぐられる

今日は、寄贈書が一箱届きました。以前にも寄贈いただいた方からでした。ありがとうございます! リスト制作のため、箱を開けて冊数を数えはじめ、あ、樹村みのりさんの作品があるな、と気になって、作業中断、読み始めてしまいました〜。すごーく、冊数数えるだけなのに、何時間もかかりました。

樹村みのり『彼らの犯罪』を読ませてもらっちゃいました。ぐぅ。児童虐待の実態を描いた『凍てついた瞳』を読んだときの衝撃というか、心の奥底に錨がささり、たぶん、死ぬまでとれないのではないか、というような重苦しさ、再び、という作品でした、この『彼らの犯罪』も。洗脳とは自我抜きということだったのか、はっとさせられたり。

2010年04月26日(土)
ありがとうございます。

今日、都心部から来館された方は、私と同じぐらいの中高年の女性。古い『りぼん』や『別マ』など、雑誌を中心に読まれていました。その帰り際、「夢のようでした」と。

そういわれて、私はハッとしました。そうです、私にとっても「夢のような」場所なのです。この少女まんが館は。少女マンガがどっさりあって、心ゆくまで静かに読める場所があれば、と、もともとの最初の最初は、単なる夢物語のような話だったのです。それを思い出しました。実は、私は、この少女まんが館を「わたしがわたしに還る場所」と、こっそり呼んでいるのです。

日の出町にあった頃も、一度、ふらりと来館された方に言われました。「私も同じようなことを考えていました。だけど、実行には移さなかった。こうして、現実にあってよかった」と。

私自身にとって、とても大切な場所が、より多くの人にとってもそうであれば、それは、ひとりやふたりの幸せよりも、もっともっと、とても幸せなことだなぁと思っています。

この地に来るだけで、なにか、幸せな、心静まる豊かな気持ちになれるのは、実際、静かで自然あふれるいいところなんですけど、たぶん、それにも増して、これまで実際に寄贈してくださったり、来館してくださったみなさま方、そして、このHPを読んでくださっている少女マンガファンのみなさま、いろいろ協力してくれた様々な人々の気持ちなど、なにか、暖かい心がぎゅーぎゅーにつまってる場所だからなのかもしれません。

とにかく、みなさま、ありがとうございます!

2010年03月31日(水)
夜の少女まんが館

電気が装着された少女まんが館。水色木製電柱付きの勝手口と小屋、1Fの様子です。

2010年01月04日(月)
おだやかなお正月

今年のお正月は、二日夜から女ま館に滞在しています。よく晴れて、風のないおだやかなお正月でございます。

女ま館は、年末に買った本棚が設置されて、また、段ボールがぐんと少なくなりました。雑誌類を置いてあります。

2009年11月05日(木)
冬のソナタ〜ヨン様〜少女マンガ

「ヨン様の作り方」(廣済堂出版、2005年)という本を読んだのですが、その中で、ずっとヨン様のスタイリストをしている女性が、冬ソナのヨン様ファッションは「私がいつも愛読している、少女マンガに出てくる男の人のようなイメージ」とはっきりとインタビューに応えていました。

また、ある芸能記者は、ヨン様が韓国本国よりも台湾や日本のほうが人気がうわまわっている気がすると前置きして、その理由はなぜかというと、少女マンガと宝塚にあるのではないか、と言っています。ある時、ふと、ヨン様が彼の知るアニメ「ベルサイユのバラ」のオスカルを彷佛させたんだそうです。少女まんが好きにはええーーっと思うわけですけど(オスカルじゃなくて、乙女チック少女マンガでしょって)、おおざっぱにみれば、確かに少女マンガってことでくくれるわけで。

“どんなことがあっても、けっして裏切ることなく、やさしく、ソフトにいつでも絶対に少女を守ってくれるすてきな男の人”という設定は、「ガラスの仮面」の紫の君のように、少女マンガのひとつの核となるもの。それから、両性具有性でしょうか。「ヨン様のくちびるは女性の口」とうちの姑はきっぱりいっていまして、確かに、ヨン様の「ソフト感」って、その唇からきてます。女性的なのです。どんなにがたいがよくても、ならば、なおさら、両性具有感が高まる。両性具有性というのも少女マンガの核のひとつだと思う。んで、「冬のソナタ」の脚本家は若い女性ふたりらしいし、ということは、たぶん、少女マンガにふれていないわけがない……(だんだん、独善的になってくる)、「冬のソナタ」は少女マンガをベースにしたドラマであろうということになります。

つまり、なにがいいたいかというと、「冬のソナタ」って、少女マンガという日本独自文化が多大な影響を与えているひとつの作品かもしれないともいえて、少女マンガパワーは、軽く国境を越え、民族のしこりも越えていくということですね。文化のなせるわざ、すばらしいです。自分でもなにいってんだかよくわかりません。

いや、だから、どうして、ここまで私が冬ソナはまったかというと、私の中に深く根付いている少女マンガ魂が呼応するということなのかなと。

2009年11月03日(火)
まんがの日

急に寒くなりました。今日は今年最後の一般公開日でした。

いつもお庭を手入れしてくれているTさんがブルーベリーを1本持ってきて、植えてくれました。
すでに1本植えてあるのですが、ブルーベリーは2本あると実をつけやすいのだそうです。
またひとつ女ま館の緑が増えました。

また、来館して下さったある方から坂田靖子さんのオリジナルカードを50数枚寄贈していただきました。
10枚セットなのですが、全部絵柄が違うのです。
「これだと並べて飾ったりできますよね。私もなにか参加しているという気持ちになりたくて」と。
春になったら、このカードを女ま館の壁や柱に全部飾ろうと思います。

本当にどうもありがとうございました!

2009年10月31日(土)
10月最後の一般公開日

暖かな日です。

今日は市内の方々が数名来館してくださいました。「日の出町の時より、交通の便がよくなりましたね」といわれました。はい、そうなんですわ。駅から10分ちょっとですから。歩いて。日の出町の時は30分ぐらいかかっちゃいましたからね。

寄贈書がひと箱、夕方届きました。北海道から。大阪、北海道、神奈川……いろいろなところから届きます。本当にありがとうございます。大切に保存させていただきます。女ま館は、ほんといろいろな方に支えられていると思います。感謝いたします。

で、また、女ま館から少しそれます。

先日の「冬ソナ」感想文をおもしろがって下さった方から「私も見てみよううかな」とメールがございまして、老婆心ながら以下のようなお返事をしてしまいました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

あの、「冬ソナ」を見るにあたって、私は失敗したと思ったんですね。
もし、これから見ようと思っているなら、ぜひ、以下の順番でいくのがよいと思います。

最初に本編を順番に「日本語吹き替え」で見ることが肝要じゃないかと。
日本語吹き替えのほうが、ちょっと上品な感じになってるようです。
それがとてもよい感じだなぁと思います。
字幕を読まなくてもいいので、映像に集中できますし。

次に、余裕があったら、韓国語&字幕でヨン様の声を堪能しつつ楽しむと。
実はサンヒョクの声もいいのです。

次に、さらに余裕があったら、総集編で本編未収録部分を確認するという
この3段階方式がよろしいかと思います。

私は、最初にとびとびに見るわ、総集編を見ちゃうわで、
「冬ソナ」ならではの丁寧な心理描写などを堪能できず、だいぶ損したかも、と思ったのです。

なので、老婆心丸出しでございますけど、
できたら、上記の順番で「冬ソナ」の世界に旅立って下さいませ。
はい。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

……そーなんです。実は、「冬のソナタ」を何度か見るうちに、ある時、「あっ」と思う時がありました。
そう、フォールインラブ……ヨン様に恋しちゃったみたいなんですわ、私。あまたいらっしゃるおばさまファンの仲間入り?と。

気がつくと、私の手には、ヨン様本や韓流ドラマ雑誌があり、育児や家事のほんのちょっとした合間合間に、
ネット(ユーチューブ)でヨン様検索をして、さまざまなインタビューを見まくり、さらに愛が深くなっていくという有り様です。

彼がこの同じ地球に生きていること、
同じ空を見て、同じ空気を吸っているのかと思うと、
それだけでしあわせ、と感じるんですもの。

今は体調を崩しているようなので、とても心配なので、
十分すぎるほど休息して、
どうせなら、結婚して子供もできちゃって、幸せな家庭をつくり、父親となってから
再び、新たなドラマや映画に出演して元気な姿を見せてくれてもよし、とすら思います。
ヨン様が心安らかに幸せであるように、それが大切だから。
でも、俳優はやめないで。いつか必ず元気になって戻ってきてほしい。
それまでずっと静かに待ってますから……と。

まさか、自分がこんな気持ちになるとは思いませんでした。
生まれて初めてです。これがファン?っていうもの。
いわゆる芸能人とかタレントとか俳優とかモデルとかミュージシャンとか
好きな人はいたとしても、こういう気持ちにはならなかった。
どういうこと? と自分でも不思議なんですけど。

恋?

恋ってこういうものでしたっけ?

なんか違う気がするんだけど。

でも、あまりにそういう気持ちから長いこと長いこと離れていたから忘れちゃっているだけなのかも。

あ、若ければ、韓国語を猛勉強して、なんとかヨン様に会えないかと思案したり、
彼の妻になるにはどうしたらいいかと真剣に考えたりとか、そういうおばかな道に走ったかもしれませんが、
なにせ、家庭がしっかりある中年女性な現在、まったく現実不可能な話で、
もはやある種、神様を思うような気持ちというか。
なんだかおこがましいのとはずかしいのとで、写真を部屋に貼るとか、携帯待ち受け画面をヨン様にするとか、とてもする気になれなくて。

ヨン様が「冬ソナ」で見せてくれた、ちょっとした笑顔やさまざまな表情が心にいくつも入ってしまっていて、
それをいつでも鮮明に思い出すことができるから、それだけで十分というか。
それだけで、なんだか心が暖かくなってくるというか。

彼がファンを「家族」と呼ぶのをきいて、最初は気持ち悪いと思いました。
でも、きちんと彼の話す言葉に耳を傾けるうちに……私の心の暖炉に火が灯っちゃったみたいなんですわ、恥ずかしながら。
彼の言葉がすーっと心に入ってくるんですね。誠実さ、優しさ、正しさなどが伝わってくる。
頭じゃなくて心を使って常にしゃべってますねというか。
彼の姿を見てると、ほんと、からだの内側からほかほかしてくるという。

ヨン様人気が今も衰えることなく続いていることが、はたから見ていて不思議でしたが、
その不思議現象に、自分がどっぷりダイブしているらしい、と今現在認識中です。

最近、福山雅治のコンサートに行ってすっかり身も心も彼に奪われてしまったというママ友とランチをして、きゃーきゃーいいながら、ひとみをキラキラさせて、わくわくどきどきするお互いのファン魂を語り合ったんですが、その話を自宅の晩の食卓で家族に報告したところ、「おい、48歳だろ、おまえ」と、ひややかな夫の声を浴びてしまいました。ま、それが現実です。

たぶん、ヨン様の魅力は、ヨン様自身にあるのは当然ですが、彼を生み育てた韓国という文化風土の魅力でもあって、
ペ・ヨンジュンさんの存在って、21世紀の奇跡だと思います。

で、強引に女ま館と結び付けるとすると、「冬ソナ」のヨン様の姿でございますね。
ロングコートにマフラーを巻いて、巻き毛にメガネで長身で端正で知的な顔だち……童話の本を哲学書の表紙に隠して読んでるという男の子が出てくるお話がありました。70年代乙女チックマンガ作品に。陸奥A子作品じゃなかったみたいで、さきほど、蔵書をさがしまわったんですが、見つかりませんでした。うーん、どの作品だったのか。

でも、70年代、少女マンガがとても輝いていた時代の「初恋の王子さま」が、肉体を持って、透明な魂を持って、そのまま21世紀に現れた〜という感じ。そういうことをいわれてたりするようですが、私も今やほんとにそう思います。ヨン様は奇跡です。

あの、こういうふうに告白していかないと、はまりやすい私の性格、どこまでいってしまうのかブレーキがきかなくなりそうなので、すいませんが、書いてしまいました。

これで少しは冷静になれるかも。ふぅ。

2009年10月13日(火)
5年遅れて「冬ソナ」にはまりました

ちょっと女ま館から離れますが、もうすぐ、アニメ版「冬ソナ」が始まりますね。少女漫画的であるよくいわれる「冬ソナ」。ずっと気になっていたんですが、自分ではまったく見ることなくここまで過ごしてきました。

で、アニメ版がもうすぐ始まるとか、ヨン様が来日して体調を崩されて帰国したとか、そんなこととはいつも通りつゆ知らず、私は、うっかり最近「冬ソナ」にはまってしまいました。

韓流ドラマにはまっている義妹さんから感想をぜひきかせてといわれて、まとめてみたのが以下の日記です。単に日記をまとめただけですが……長いです。アニメ版が始まることですし、5年前の「冬ソナ」パッションをお持ちの方も多いのではないかと思い、ちょっと場違いかも知れないけど、ここにアップしちゃいます。ご興味の方は、お暇な折にどうぞ……。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

5年遅れの「冬ソナ」マイブーム感想日記
             (大井夏代)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
●2009年10月02日(金)
 冬ソナ体験第一日目
少女漫画的であるとよくいわれる「冬ソナ」。特にヨン様は70年代の陸奥A子作品に出てくる初恋の男性そっくりらしい。女ま館をやってる以上、私は見なくてはなるまいと以前から思っていた。義姉にそういうと「そうだよ、見るべきだよ。見た方がいいよ」と、力強く後押しされたので、やっぱりちょこっと見てみるかとTSUTAYAで1巻のみ借りてきたのが数日前。ほったからしていたけど、今日こそは見てみようと娘(小学一年生)と夕方から見始める。

いやな予感は大当たりで、もう、先を見ないといらいらしてどうにもない。なぜか娘も身を乗り出して見入ってるので、娘を寝かせなくてはいけないのに、十時頃まで一緒に見てしまう。1巻を見終わって、いくらなんでもと、娘を寝かせて十一時少し過ぎ。

ふふふ、これならまだ近所のTSUTAYAの営業時間に間に合う。そっと車で借りに行くと……2巻はあったものの、3、4、5、6巻とない。あったのは2巻と7巻。これだと途中がわからなそうなので、総集編ラストの第三章も加えて、2巻と7巻と総集編第三章の3本のDVDを借りる。とりあえず、大まかなストーリーはおさえようと。

 

●2009年10月03日(土)
 冬ソナ体験第二日目

TSUTAYAから家にもどったのが0時ちょい前。さっそくイヤホンをして見始めたら、朝六時半までぶっ続けで見てしまった、「冬ソナ」。

確かに話は陳腐だ。陳腐すぎる。だけど、美しい。人物も風景も。決して、肉欲噴出のリアリティありありのレディコミにはならない。ここぞ、という場面になると、「まさかそんなことありえない!」とつっこみたくなるのだけど、そんな理性を、あのメロディが流れてきて抑制する。「ないってば、そんなばったり偶然はっ」と頭で思いつつ、あの端正な顔や笑顔やきれいな涙や美しい自然の景色に飲み込まれ、あのメロディが頭をぐるぐると巡って、もはや、心臓がバクバクしてくる。鳥肌が立ってくる。

心がぐっとわしづかみにされる……ほどじゃあないんだけど、心が"からす"ぐらいにはつかまれたか。わしづかみされかけて……まてまてまてよ、という感じ。さすがにおばさんになったので、そこまで純ではないし、リアルタイムで見てるわけではなく、事前情報があるので、引いて見ることができる。「ほんと少女漫画的で、くさい大映ドラマ風なの」という。

とはいえ! これはリアルタイムで見ていたら、一週間が長くて長くて、いくらなんでも精神衛生上とても悪かったんじゃないかと思う。

ほんと、最後はきれいにハッピーエンドに終わって良かった。救いようのない悲哀だったらどうしようかと思ったけど。ま、ハッピーエンドといっても、ハッピーなのかどうかはなぞであるが。チュンサンは失明したわけだし。

「心の家」の現実版で再開し、美しい夕暮れの中、キスでしめくくる……レディコミにならなかった少女漫画という感じ。少女漫画はレディコミに進化してしまったが、レディになっても少女漫画で貫き通した「冬ソナ」。りっぱだ。

まさにあり得ない話だし、どんだけめんどくさいことやってんのかあきれるけど、ばかばかしく、くだらないひとつひとつのエピソード、ほぼ半歩先が読める展開、多少の裏切りの展開、その速くわかりやすいテンポは絶妙である。

男性にとっては、ばかばかしすぎるだろうけどさ、少女にとっては死活問題のエピソード満載で。

にしても、初恋なんて、こんなに大切だっけ? すっかり忘れたし、今更初恋の人に会ってもまぁそれほどなんとも思わないと思うんだけどな。これって、すっかり私がおばさんになったってことか。

ユジンはかわいいと思う。情が深い。ミニョンのキャラがリアリティがないんだけど、ヨン様がやってくれると、「はい、そうですか」と納得。

ヨン様、ナイーブな顔してるのに、なんかがたいが良さそうだなと思っていたら、そうですか、剣道合氣道やってますか。180センチですか。ほんとに隣にいたら、まじ、やばいです。そりゃ、惚れるでしょう。

インターネットを検索して見つけた青木さやかのヨン様への手紙がおもしろかった。彼女のような女性が平成の若い女性のまぁ平均とは思わないけど、わりと普通の恋愛体験なんじゃないかと思う。複数のさまざまなタイプの男性遍歴があるという。その中で、冬ソナの恋愛模様はアンビリーバブルな世界である。純愛ファンタジーというか。

ひとすじの真実は、「"好き"に理由はない」ということ。ある人を本当に好きになったら、けっこう変わらなかったりするという……。心がそれを決めるというか、頭じゃ決められない。どうしても決められないからというあたりだろう。「心はどうにもならない」というところがある。というあたりがじーんとくるのかなぁ。

だから、心臓ばくばくしながら見ちゃうのね。心が打ち震えるから。

そういえば、この日は朝6時半からちょっとだけ寝て、午前中、娘と再びTSUTAYAへ行き、総集編第二章を借りてきたのだ。途中がどうしても謎が多くて気になって。

女ま館を開けるかたわら、ずっと見続ける。よけい謎が多くなった。

夜、再び、もう一度TSUTAYAに寄ってみた。どうしても本編も見たいと思ったのだ。が、土曜日のせいか、何本もある「冬ソナ」がのきなみ借りられていて、5巻一本しかない! ぎゃふん、でもないよりまし、と5巻と総集編第一章の二本のDVDを借りて帰宅。

 

●2009年10月04日(日)
 冬ソナ体験第三日目
午後、冬ソナの続きを見る。

チュンサンの声が洗練された低さというか、あの声で言われたら、もう……なのだ。彼が画面に出てくると、なぜか「魂が透明」というフレーズが頭に浮かんできた。私の中の凍結されていた乙女心が、南極の氷塊が温暖化でぐんぐん溶けていくような、そんな感じ。こんなもの溶けたら大変だから凍結してるのに、どうしてくれるのよ、ぺさん。

「冬ソナ」の大ヒットは、もちろん監督の才能によるところが大きいと思うけど、ぺさんがいなかったら、ここまでにはなってないだろう。ぺさんには、日本の人気俳優群にみられる「おれってかっこいいだろ」光線がない。

あの小さな顔と大きな体から発せられるなにか透明な魂パワーというか、あれは、ぺさんの才能ですわね。才能というか、個性で、こりゃ、どうにもならない。野生をきっちり理性がおさえてますね、単にかっこいいとか、そういう感じじゃないんですね。たぶん、多少顔が崩れていても、彼の場合は人気者になったんじゃないかと思う。なにせ「魂が透明」だから。品がいいとかいうレベルじゃなくて。異常とも言えるヨン様人気にすっかり納得。

「冬ソナ」のお話の「型にはまった」ぶりもりっぱだと思う。初恋、事故、記憶喪失、再開、二度目の恋、すれ違い、誤解……陳腐だけれど、こういう典型的お話って、大事なんだと思う。私の知る限りでは一九四〇年代のハリウッド映画「心の旅路」がよく似ている。二度記憶をなくす男の話。たぶん、洋の東西を問わず、人の心に届く型なんじゃないか。すれ違い恋愛もの。

夕飯は和風の地味飯をつくり、食後にまた少し「冬ソナ」を見る。娘が見たがったので、日本語吹き替えで。でも、これでは意味がない。ヨン様の声が聞けなくては意味がないのよ、わが娘よ。

そして夜は、ついぞしなかった夜更かしDVD鑑賞を敢行。「冬ソナ」総集編第一章から三章までを通して見る。姑もうっかりはまって寝る寝ると言いつつ最後まで見ていた。

 

●2009年10月05日(月)
 冬ソナ体験第四日目
早起きしようと思って、夜九時には寝たのだけれど、夫と娘のダブルのいびきで眠れず、「冬ソナ」に走る。ちょっとだけのつもりが午前二時半になってしまった。

この日だろうか、「魂が透明」というフレーズが、あのメロディとともに一日中頭をぐるぐるする。ぺさんとあのメロディの魅力にすっかりやられる。

 

●2009年10月06日(火)
 冬ソナ体験第五日目
夕方、TSUTAYAに寄ると、「冬ソナ」3、4、6巻があった。これで本編を全部見ることができる。ほほほっ。最初に借りた1巻を返却する。
 
夜、娘が寝た後、途中までは二階の自室でパソコンで鑑賞。深夜からはリビングのソファを独り占めして、「冬ソナ」鑑賞で完徹。完徹なんて何年ぶりだろう。夫に飽きれられる。
 
 
●2009年10月07日(水)
 冬ソナ体験第六日目
朝、完徹のもうろうとした頭で、よろよろと娘を小学校へ送り出し、午前八時から午後二時半過ぎまで就寝。
 
夜九時から、再び、二階の自室パソコンで残りの一話分を見る。やっとこれで「冬ソナ」を全部見る。でも、また少し復習の鑑賞をして、午前二時過ぎ。
 
もう心臓ばくばくではないけれど、のどが渇いて、涙が出て、身体中の細胞がぐつぐついってる感じ。純愛ファンタジーって……いいもん見せてくれました。ありがとう、韓国のみなさま。

なんだろう。あり得ない連続でそんなバカなという感じなんだけど、引き込まれて、見てしまうこの魅力。少女漫画的といわれる所以は、設定の安直さと、リアルで些細なエピソードの数々にあるんだろうなぁと。

それに韓国語って、なんて日本語と似た感じがするのか。というかちょっと勉強すれば、ある程度はわかりそうなのが、韓国語の魅力だわ。

だが、今日で冬ソナも見終わったので、心は平静です。あー、おもしろかった。

 

●2009年10月08日(木)
 冬ソナ体験第七日目
台風18号が日本列島を縦断。学校は臨時休校。外出不可能。実にタイミング良くきてくれた台風に感謝。だって、昼間なのに、ソファを娘と独占して、冬ソナ三昧。冬ソナであけてくれた一日。

冬ソナは相変わらず、心臓ばくばくで、のどが渇き、鳥肌がたつのであった。もうめちゃはまり。でも今日で終わり、明日、TSUTAYAに返却するつもり。今週は冬ソナ週間であった。

なんだろ。やっぱり、心が大切だわよね。節度ある愛のある心。「愛のあるユニークで豊かな暮らし」という、昔、仕事柄よく見ていた写植カタログのフレーズを思い出す。

なんだか、今を大切に生きなくっちゃ、と思う。

義姉に感謝。冬ソナ見てよかったです。凍てついていた感情が溶けた感じがします。

 

●2009年10月09日(金)
 冬ソナ体験第八日目
昨晩はまた冬ソナを見たのだ。結婚式の前にふたりで手がけたレストランで食事をするシーン、ふたりで一緒になにかを見て、感じて、こうしてなにかをつくっていこう、とチュンサンがユジンに話すシーン。これがラストの家につながってるし、出会った初めのごろの会話の「心の家」にもつながる。きっちり伏線が組み込まれてる。なるほどと確認納得し、途中でとめるわけにいかず、夕暮れキスシーンの最後まで見てしまう。

相変わらず、心臓がばくばくして、鳥肌を立てつつ見ていた。もはや「つっこみどころ満載」とか「こんなことあり得ない」とか、いいのそういうのは。関係ないもん。「心が美しい」ということが、「心の美しさ」がなによりも伝わってきて、涙する。お互いを思いやる心がね、美しいでございます。

午後、TSUTAYAに行き、冬ソナ返却。だが、よせばいいのに5巻と総集編第三章をかりてくる。確か、5巻は一度しか見ていないため、いまいち見逃してる感があったので。総集編第三章は、たぶん、5巻を見たら、最後まで見ないことにはなんかいらいらしそうだと思ったので。

夜、私と娘はお互い違う部屋でDVD鑑賞。私はパソコンにイヤホンをつけて冬ソナ、娘はDVDプレーヤーとモニタでぴちぴちマーメイドとかいうアニメ。夜十時過ぎお風呂を省略して一緒に寝る。

が、深夜、私は起き出して、5巻と総集編ラストを見終わる。午前二時半。お風呂に入ってあったまり寝た。

この5巻がミニョンとチュンサンが同一人物だとわかってくる過程で、クライマックスである。2度目の事故から意識が戻り、「ユジナ」と名前を呼ぶシーンが圧巻ですね。ピンクのミトンを思い出し、十年前の待ち合わせの場所で「サラエ」と告白するシーンも。これが一番のクライマックスかもしれません。

でも、ラストのあのタージマハールな玄関で、ひとりで「気に入った?」とつぶやくチュンサンが、美しいです。一番美しいかも。……こう書きながらも涙が出てくる。

で、「世見」ブログ(最近私が気に入ってるブログで、透視者のおばさまのお言葉が書かれたもの)に以下のような文章があった。たぶん、感謝の心というか、心の美しさが「冬ソナ」に宿っており、それがまっすぐ私の心に差し込んでくるという感じかなぁと。

「真・善・美」が何よりも大事である、「人間は宇宙の進化と向上に寄与するために生まれてくる」という中村天風先生(大正〜昭和の哲人)のいうことと重なる。深く頷く。

------------------以下、引用(抜粋)
総合意識の原点は 光にあり
 光は 万物の神であり 命である
 意識は 光に溶け込み エネルギーとなり
 大宇宙体の現象に帰依する
  光がある事に感謝しなさい
  熱がある事に感謝しなさい
  水がある事に感謝しなさい
  心がある事に感謝しなさい
 感謝の心は 大宇宙の神の意識にこたえ
 万世万物の根源に
 大宇宙大自然界の法に基づき
 慈悲の愛の光となり
 永遠不滅の生命を築く
 地球は大宇宙大自然界の細胞にすぎず
 人間も細胞なり


 転生輪廻は正法にあり
 過去世 現世 来世の三世輪廻は
 大宇宙体の 崩壊の日まで続く
 実在界の意識は 心なり
 心は 己に忠実であり
 肉体も支配し 今世に現存する真理なり
 いかなる業も 清き魂に勝つ事 叶わず
 他の生命物体のある事を喜び
 現世の使命を 心眼を持って悟り
 自らが 自らの生命を持って
 来世の世に 光を託す道となす
 その事 すべて使命なり
------------------------------

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

2009年09月21日(月)
本棚はこんな感じ

携帯電話のカメラで撮りましたので、粗いですが……。

2009年09月05日(土)
本棚の日

今日は五日。そう、「五日市」の日。思い立って、武蔵五日市駅近くの広場に行ってみたら、ありました。アンティーク本棚五千円なり。げきやす。メタルローズのダイハツミラにちょうどはいって、送料無料。

夕方には、青梅・成木のインテリアショップ「オシドリ良品店」さんがでっかい水色本棚とちびアンティーク本棚を持ってきてくれた。しめて四千円なり。超げきやすっ。女ま館向きの本棚が一挙に3つも増えて、蔵書整理がまた少し進む。感謝でござる。

今日は開館日でもあり、終日、網代で過ごす。日射しは強いけど、風はさわやか、いい気持ち。遠方からのお客さまあり。

つくつくほうしが鳴いて、夏の終わりを実感する。

2009年07月18日(土)
小屋の中

今日は通常開館日。静かな網代でございます。

以前、小屋の写真を撮ったので、それを披露します。女ま館おとなりの小さな小屋「弁天堂」はこんな感じ。
(各写真をクリックすると大きな写真を見ることができます)
設計のエンドウさん、現場監督の松原さんのお手製小屋。力作です!

正面に奥平イラさんの絵がなぜかかかっております。
川の水面を模した水色板張りです。

手作りの窓。

子供が好きそうな作品を集めました。

女ま館入り口にひそやかに息づくいちごちゃん。

女ま館最北の地。ゆずのむこうは崖。その下は秋川です。

やもりがいた。女ま館と小屋と母屋、よろしく守ってくだされ。

2009年07月06日(月)
ややっこれはっっっ!!!

今日、インテリアマガジン『CONFORT(コンフォルト)』が届いた。5月半ばに、取材に来てくれたもので、実は密かに楽しみにしていた。表紙を見て、2秒程してから「ややっ、これは女ま館ではないか!」と気がつく。びっくり。まさか、表紙に採用されるとは思い至らず。あまりに素敵にうつっているので、びっくりぎょーてんなのでありました。

確かにまだなにも蔵書が入ってないころの新しい女ま館は、巨大な水色インスタレーションのような趣きでしたので、懐かしくもありました。

一昨日、来館されたある方が「いや〜このあたりは、いいところですね〜。水色の建物だってHPに書いてあるから、すぐにわかったけど……。このあたりのどの家よりも、一番、この風景に馴染んでいますよね〜」と。大変なほめ言葉をいただいて、心からうれしかったです。ありがとうございました。

まぁ、子供に言わせると、ぼろい家、でおしまいなんですけどね。だけど、新築ばりばりだし、柱は太くていっぱいあるし、基礎だって地面から高く立ち上げて、そしてえらくきっちりつくってあるし、地盤はドリルもとおさぬ岩盤だし、頑丈この上ない建物なんだけど、見た目、確かに古ぼけてぼろい。あまりにこの地に馴染んでいて、土地の人すら「あれっ、これって前からありましたっけ?」と、混乱していたりします。それが、おかしいです。

新しい女ま館は全身で、分譲建売新建材ぺらぺら住宅にケンカうってる建物なんだけど、最初からまけているというか、けんかにならないというか。外壁の板は、ぺんきだけでなく赤土を少々まぜて、くすんだ水色にしたのが効を奏したというか、時の彼方にいっちゃったというか。

そうです、コンフォルトの今回の特集、塗装、にみごとはまった建物だったんですね。新しい少女まんが館は。青色塗料に白色をまぜて、水をがっつりまぜて、うすーい水色にして、塗装のしろうとさんばかりで、はけで適当に塗った木材。ぺんきがあまりに薄いので、木目がかえって際立って美しかったりするし、無垢の木よりも、塗装という一手間をかけたことによって、風雪に耐える力になるし、この建物づくりに関わったという気持ちが、色塗作業に参加した施主をはじめとしてお手伝いしてくれた人々に共有されるし、「塗装」というテーマで見えてくるものがけっこうあるんだなぁと、ふと気がついたりします。

2009年06月20日(土)
開架式蔵書小屋

女ま館の横には小さな小屋がたっています。


現在、この小屋が開架式蔵書小屋(別名、弁天堂)で、近所の子供達の遊び場と化していたりします。

↓こちらは、最近寄贈していただいた昔のノートの表紙です。たぶん70年代のもの。うっとり……。


2009年06月18日(木)
母屋のシロアリ駆除予定日なり

今日は、昭和46年竣工の母屋のシロアリ駆除施工予定日です。
母屋はいわゆる平家の貸家で、6畳、4畳半、トイレ(ぼっとん)、お風呂、キッチン、しめて10.25坪。
知人から教えていただいた薬をあまり使わない新方式のシロアリ駆除も考えたのだけれど(ダスキンがやってたりする)、
木造平家築38年の家にはどうも馴染まなそうとういうことで、農協に頼みました。
田舎は農協なくして生活成り立たず的なところがあります。今回も、農協さんに感謝です。

2009年06月15日(月)
お久しぶりでございます。

前回の日誌から、はや10ヶ月あまりたちました。なんてこと!
この間、我々は日の出町の女ま館での生活を切り上げ、川崎の両親の家で暮らすことに致しました。
(なにせ、われわれの知らぬ間に、日の出町の女ま館の土地は国税庁の差し押え物件として、公売にかけられていたんです。そんあ〜地主さんちゃんと教えてよ、とほんと痛切に思いました。世の中いろいろな人がいるもんです)
で、新しい女ま館の建築許可がなかなかおりず、一体、いつから工事がはじまるのだろう?ともやもやしていたらば、
年末から工事可能ということで、着工したらば、見る見るうちにでき上がり、
不可能と思われた蔵書の引越も、工務店の方やTさんの御協力で無事終了。
予定していた4月新オープンに漕ぎ着けました。

大井は、娘の転園、卒園、小学校入学、お弁当づくりに5人分の食事づくりなど、百合丘での新生活が始まり、
そのうえ、締め切り仕事を一つ抱え、てんてこまいして、
子宮頸管ポリープ発覚(とってしまったので、今はどってことなし)、
ためまくっていた会社の決算なんぞもあり、はぁはぁしながら書類をつくって、
GWにはいって、やっと一息つきそうというところで、
子供の日、実父が急逝し、またもやてんてこまいして、
6月に入り、ほんとにやっとなんとか、普通に息ができるという状態になって参りました。

紫のバラは新しい少女まんが館の玄関入り口に、さるすべりの木とともに植えさせていただき、
めっちゃ元気に花を咲かせています。

おとついは、母屋のシロアリ被害をなんとかせねば、とシロアリ調査の人にきてもらったら、
旧少女まんが館のシロアリ駆除をしてくれた同じ方でありました。
新しい少女まんが館を見て、「これならシロアリ知らず」と太鼓判をうってくれましてけど、
母屋の被害はかなりなもので、今週半ばに工事施行です。

平日は百合丘(神奈川県川崎市麻生区)、週末は網代(東京都あきる野市)を行き来する生活が始まっていますが、
移動するって、楽しいけれど、疲れるものだわと実感。
二時間前後、車を運転するか、バスや電車に揺られるかという時間が、けっこうきつい。

養老猛先生の著書の中に、環境問題への解決策の一つとして、都会と田舎を参勤交代するという提案があって、なるほどいいなぁと思ってはいましたが、若者ならいざ知らず、老年入り口の中年にはこたえるものだということがはっきりしつつある現在です。

でも、がんばります。

09月03日(水)
紫のバラが咲きました。

新生・少女まんが館予定地(東京都あきる野市)に、今朝、紫のバラが咲きました。
網代の我が家の玄関先というわけですが。(↓うーん、おかしいな、ピンぼけしちゃったわ)

たまたまご近所に園芸好きのおばさまがいらして、
「この鉢植えのバラね、紫色なんだけど、元気がないの。
でも、ほら、おたく広いじゃない?
(新生・女ま館予定地が空き地となってるため、そう見えたりするんですね)
地面に植えれば、また、元気になるかもしれないと思って。
よかったら、もらってくれるかしら?
無理強いはしないわよ、もちろん。断ってくれてもいいのよ」と。
「あ、はい」と、素直にもらってきた私ですが、心の中では……

“紫のバラ”ですって?
はい、もちろん、いただきますでございます、ありやとうございます、
とぺこぺこして、小躍りしていたのです。
それが、二ヶ月程前。

我が家にやってきてからは、地面に植えたわけではないんですけど、
瀕死の状態からわきわきと新芽を出して見事復活し、ほんとうに「紫」の花を咲かせてくれました。

この花で3個めです。
ひとつ咲くと、新たにひとつ小さなつぼみが生まれ……というサイクルで。
ありがとうありがとうありがとう。
真澄さま、ようこそいらっしゃいました。

新生.少女まんが館は、少女まんがゆかりの植物等も植えていこうと思っていましたので、
神様からの贈り物のように感じています。
感謝、合掌。

08月21日(木)
探究本がみつかった。

今日は女ま館開館日。
杉並アニメーションミュージアムから送っていただいたイベントのポスター等を外壁に張った。
なんだか、“まんがの施設”っぽさが増して、いい感じになりました。

今日は来館したある方が、山田ミネコさんの『高い塔の少女』という作品が読みたくて、と。
花とゆめコミックスで、かなり古いとのこと。探してみると、ない……と思ったら、あったのでした。
70年代半ばの作品で、アリスシリーズより前のもの。

にしもて、よかった。ご希望に添えて。70年代の作品群は、女ま館、かなり充実しているなと再確認したのでした。

08月16日(土)
女ま館一般公開七年目

昨日、日本の敗戦記念日、女ま館は、一般公開七年目に突入しました。1997年に限定型公開を始めてからは十一年。
「少女まんが館」というパソコン通信内での会議室ができてからは、十二年ですね。
長いような短いような……。
ここまで続けることができたのも、ひとえに、寄贈者さまをはじめ、来館してくださる方々、
もちろん、設立時にひとかたならぬ力を貸して下さった仲間たち、
取材して下さったマスメディアのみなさま、ご近所、また、家族のみなみな、さまざまな人々のおかげです。
深く感謝します。
これからもたゆみなく精進するように、心掛けていきたいです。

数日前は、せっかくのお盆休みなのに、女ま館の草ぼーぼーの庭をきれいさっぱり刈り取ってくれた常連Tさん。
どうもありがとうございました! すっきりとしてきもちのいい庭になりました。

08月08日(金)
少しずつ蔵書処分中

きのうから立秋に入り、暦の上ではもう秋。けど、暑いです。はい。うぎー。でも、がんばらなくっちゃ。

大井は自分まわりや子供まわりのことで手一杯で、なかなか女ま館作業が進まないんですが、
世話人・中野は、着々と引越準備を進めてくれています。3部以上ある蔵書の処分に踏み切rました。
とはいえ、まだ、段ボール一箱ぐらいなんですけどね。

一番状態のよい、初版のものを残すという基本方針なので、
重複分をひとつひとつチェックしていく作業です。
原稿書き(仕事)に煮詰まったら蔵書整理、というパターンがなかなか相性が良くて、いい感じなんだそうです。
よきかな、よきかな。

にしても、夏は植物が元気。虫も元気。女ま館の玄関は毎日、せみの抜け殻がふえていきます。
夜や朝方玄関をあけると、羽化中のせみがおちてきたり、はては踏んでしまいそうになったり、大変です。
こんなところで羽化するなーといいたい。行列して羽化してたりするし。

庭には、それこそあちこちでせみが羽化してますから、自然観察にはもってこいです。
ケヤキの大木がせみの羽化観察絶好エリアだったんですが、なくなってしまったので、しかたなし。
低い葉影でも、けっこう羽化してるんですよね。

一方、雑草の繁殖力はすさまじく、冷静に道から女ま館を見ると、木々と雑草におおわれて、
もはや 廃虚一歩手前です。天然に涼しいことは涼しいですけれど。

この大久野近辺にもクマゼミのなきごえがまじりはじめ、ひたひたと温暖化を実感する今日この頃。

ああ、暑い〜。

そうだ、それで、昨日は某雑誌編集部の人がふらりと女ま館にやってきてくれました。
いろいろ勇気の出る話を伺いました。ありがとうございました!

その編集者さんは、昔の女ま館掲載誌の私の写真をみて、「あれっ、やせましたね。5ー6キロ」と、どんぴしゃの洞察。

そういえば、ほぼ一年前に一日断食を何回かして、一日二食という少食に切り替えて、がくんと体重が減ったのです、私。
さっきも、道をすれちがった隣のおばさまに「スタイルいいね」とぼそりといわれました。
ありゃりゃ、そんなこといわれたの生まれて初めてかもしれない。今、じわーんとその言葉を噛み締めています。
ずっと猫背で姿勢が悪くて……だったはずなんだけど。

うむ、やはり、「排経美人〜月経血コントロール〜」講座に参加して、
ちょっとずつでも体操をつづけているせいかも。
人間心がけ次第で、けっこう変われるものだわ。

07月17日(木)
もうひとつの少女まんが館大募集!

今日も暑いです。夏ですね。
女ま館もいつも通り開館していますが、扇風機がないとたまらないです。

さて、おとつい、築百年あまり、平家の日本家屋にある現・少女まんが館を、
できるだけできるだけはやく退去しなければならない、ということが発覚しました。
悠長に引越をしている場合ではなくなりました。

これまで女ま館では、少女まんがの保存という目的のため、同じ作品を二部以上保存してきましたが、
早急な引越を実現させるためには、その維持がむずかしくなりました。

寄贈いただいた方々には大変申し訳ないのですが、一部保存、を基本路線に致します。
現在、二部以上ある作品群が、確実に3000冊以上ございます(開架式図書室にあるものすべてと、未整理分)。
これを処分しなければならない。

そこで、みなさまに御相談です。
だめもと覚悟というか、無理は承知というか、その上で、一応、御相談させて下さい。

もし、この二部作品群3000冊以上をまるごと受け入れて保存し、
もうひとつの少女まんが館というようなことをやってくださる方、いらっしゃいませんでしょうか。
もし万が一、どなたかいらっしゃいましたら、ぜひ御連絡下さい。
どうぞよろしくお願い致します。ぺこり。

06月18日(水)
新生・少女まんが館、準備中!

今日はエンドウキヨシさん(建築デザイナー、イラストレーター、空間プロデューサー)と打ち合わせ。
新生少女まんが館建設の具体的な話。

実は、現在お借りしている女ま館の地を数年のうちに立ち退かなければならなくなり、
昨年末は女ま館存亡の危機だったのだけれど、 今年はじめ、あきる野市に土地を確保。
秋川渓谷入り口のせせらぎの聞こえるその土地に、新たに 少女まんが館を建てよう! と、中野と大井は決意しました。

我々のわずかな貯金をはたいて、多少の借金もして、なんとか皆様から寄贈いただいた少女まんがたちの終の棲家ができるように、
今、まさに準備中なのです。

今日は、打ち合わせ3回目。設計図と予算のすり合わせ。
アンビリーバブルな予算の中でも、なんとかしてしまうというエンドウさんのアンビリーバブルな力を目の当たりにする。

新生・少女まんが館は、おもてもうらも水色の総水色板張の建物になりそうです。
水なくして生命なし、「23世紀の建物」とエンドウさん。
エンドウさんの頭の中には、すでに、水色板張りの女ま館の姿ができ上がってるそうで、
「ものすっごくかっこいいですよ」と。
我々も素直に同意して、水色板張りの女ま館を夢見る。

いや、夢じゃなくて、現実なのだった。
めちゃめちゃ楽しみである。

●エンドウキヨシさんのサイト「木土水」→

06月12日(木)雨のちくもり
青梅市軍畑(いくさばた)の大高邸にて「排経美人」講座に参加

今日は女ま館開館日。世話人であり、さるすべり社長であり、家族である中野に女ま館の番台をお願いして、
私は、どうしても行きたい、万難を排してでも行くのだ、という気持ちになったイベントに参加。
才田春光さんによる「排経美人〜月経血コントロール〜」講座である。

あくまで個人的体験を通して語る才田さんのお話は、とてもわかりやすく、
腑に落ちることしきりで、大変ためになった。なにもかも!! 
すべての女性、いや、男性にもおすすめの講座である。
●才田春光サイト→

大高邸も素敵。個人宅を開放して、今回のようなイベントの会場にしたり。
2階が広いオープンスペースになっていて、人寄せができるようになっているのだ。
田舎の日本家屋の中には、玄関から8畳ふた間続きの部屋があったりして、人寄せ用に使われたりしていたけれど、
その現代版というか。

家のまん中に薪ストーブがあり、吹き抜けの天井にむかって煙突がのびる。テレビ(大型モニタ)はない。
当然、家の中は床も壁も柱も木である。
大壁工法のビニールクロス壁(いわゆる最近の分譲住宅やマンションの壁)ではない。
10人は楽に座れる木のローテーブルと広いオープンキッチンに吐き出し窓。

たぶん、かつての日本の家は開放系だった。でも、今はほとのどの家が、閉じている。
新しく建てられた分譲住宅などは、1階のほとんどの窓に格子がはめられて、ちょっと牢獄みたい。
住んでいる人の気配がまるでわからない。まさにプライベートな空間。
それはそれで住みやすいかもしれないけど。

「個人宅を開放する」という方向に、社会が向かった方が、楽しいと思うんだけど。
封建社会やムラ社会で行われていた共同体としてではなく。

21世紀に対応した開放系の家。あちこちでオープンハウスが行われているという。
家人の趣味で集めた何かを公開する、いろいろなテーマの個人博物館や図書館があちこちにあるという感じ。

女ま館は、そんな社会になったらいいなぁという思いで、実はやっていたりします。

06月06日(金)くもりのち晴れ
旧五日市街道を歩いた

朝、網代の家から武蔵五日市駅まで歩き、そこからはバス。約2キロ半歩いた。
舘谷あたりから広い車道の五日市街道から一本入った細い道へ。たぶん、旧五日市街道だろう。
時折大きくてりっぱな家があって、五日市の豊かさを実感する。

昼間は女ま館でいろいろ作業。

夕方、帰りは萱窪の女ま館から武蔵五日市駅まで歩き、電車に乗って武蔵増戸駅へ。駅から網代の家まで歩く。
歩いた距離はしめて3キロぐらいで、今日の徒歩合計5キロ。

途中、大久野中学校となりにある骨董屋「セキネ」の店先に、ういういしいジャガイモとキャベツが並んで売られていた。
とれたて新鮮! と一目で分かるつややかさ。 一袋100円なり。
ジャガイモを買おうと店に入ると、店のおじいさんが奥から出てきて、
すばらしい笑顔で「どうもありがとう、ありがとう」と何度もいわれた。
ほんと、素敵な笑顔なの! 
とっても得した気持ちになる。

武蔵増戸駅からの帰り道、いつも気になっていた網代橋わきの小道を少し歩いてみたら、まぁこれが、秋川渓谷沿いにのびる素敵な山道。
今度、時間があるときに心ゆくまで探索してみよう。

網代橋を渡ると「都立秋川丘陵自然公園」という縦書きの古い石碑が、ものすごく目立たずにあることに気がついた。
そうなのだ、網代の我が家は観光地にあるのである。

06月05日(木)くもり時々雨
今日は開館日&五日市周辺ショップ情報

午後1時少し前に、ドアを開けて看板出して、女ま館オープン。

井戸の前のユキノシタの白い花がきれい。春先の花盛りが一段落したあとに、ひっそりと咲くみたい。
ユキノシタ、ふかふかの丸い葉っぱの手触りが好き。
イーゼルを置く場所近くには、山椒の青く小さい実がたわわについている。食べない手はない。今年も、つくだ煮に挑戦するぞー。

来館者のある方が、「●英洋子先生の単行本で、『エンゲージ・キス』『ほほえんでときめいて』はありませんか」と質問された。
秋田書店の棚には残念ながらなし。整理しきれていない段ボールの中にあるかもしれないけれど。
『ボニータ』も昔のものが少々あったが、掲載はされていなかった。残念。お役にたてず、申し訳ない。

インターネットで調べてみると英洋子先生の著書で、『ほほえんでときめいて』というタイトルはないけれど、
『ほほよせて抱きしめて』というタイトルはある。もしかして、タイトル間違いかも。

おやつどきに、寄贈書が段ボールひとつ届いた。ありがとうございます。

で、今日は五日。そう、毎月五日は、●五日市の「ふるもの市」が開催される日である。
場所は、武蔵五日市駅から徒歩5分ぐらいの「五日市ひろば」で、文字どおり、いわゆる骨董市。

先月に初めて行ってみて、都心部のアンティークショップに比べて、格段に安いということが判明。
これは毎月行かねば……と、小雨の降る中、午前中に行ってきた。
雨でもそれなりにやっていて、楽しませていただきました。

また、駅前交差点に少し奥まったところにある、以前から気になっていた店「●柳屋」(そばうどん)にも、ついに入ってみた。
そしたら、「朝8時半から13時まで日替わり定食500円」とメニューにあって、値段と時間に好奇心が雪だるまとなってしまい、
そばかうどんを食べるつもりだったのに、定食を頼んでしまった。
どうも、バスの運転手さんとか、駅員さんとかの御用達のお店のよう。

今日はたまたま、おかずはヒレカツ! 朝からヒレカツをくらってしまった。
久しぶりだったので、さめきっていた揚げ物ではあったけど、おいしくいただきました。

そしたら、お茶がどうしても飲みたくなって、すぐ近くの喫茶店「●やまねこ亭」へふらりと入って、
しかも、ケーキセットを頼んでしまった。紅茶もおいしいが、モンブランもおいしかった。

このお店には、自転車関係、奥多摩自然関係、その雑誌類、そして、少女マンガなどが豊富に置かれている。
「和める、楽しい、おいしい」という、とってもよいお店です。

あと、五日市駅周辺に、最近出現した「●NAYA」というお店。
まさに「納屋」であったろう小屋をお抹茶色できれいに塗り、赤い文字で「NAYA」と看板。
石鹸と泥・土の美容関係の商品、アクセサリーなどを扱っていて、ニューヨークと西荻窪の香りがする。
週末のみオープンのちょっと変わった店。いい!

そうそう、五日市駅周辺には、こうしたナチュラル系のおしゃれショップがもうひとつある。
●真木テキスタイルスタジオ竹林Shop である。ここもいい! 大好き。

あ、ついでに、五日市周辺個性派(自然派)ショップはこちら。

●ボンボリアート・ヴィラージュ

●栗原呉服店・きれ屋・カフェ

●繭蔵(まゆぐら、あ、青梅なんですけどね、しあわせごはん)

●そば小屋 あをき

●初後亭(あきる野のそば・うどん)

ついでに、女ま館近隣のお店も

●手作り工房&カフェ きりんかん

●和菓子処 幸神堂

●花と雑貨 Angel's Drops

●組み木絵サロン おおぷななぁ

●うどん母屋

最後に、五日市周辺のショップに詳しいブログ

●万次郎の歩む飲む読む


過去の日誌 2003-2004

女ま館トップページへ