女装するイラスト描きが
女装について思うこと

絵と文:咲緒あゆみ

 

私は絵を描くのが好きです(今回は忙しくてあまりこの本にはあまり描いていませんが…。)。今日は絵を描いていて気が付いたことに触れてみましょう。イラストを見てみればわかりますが、男の子と女の子の頭部が描いてあります。私のウデの程はさておいて、多分どっちがどっちか区別が付くと思います。でもイラストをよく見てください。この頭部、実はある意味ですごく似ているんです。目が二つとか鼻が一つとかいう以外にですよ。

それはプロポーションです。絵を描いている人は気づいている人も多いでしょうが、人間の頭における部品の配置って実は殆どバリエーションがありません。

 

共通点

 

例えば、頭のてっぺんからあごに向かって空想上の線を引いてみましょう。すると顎の下端、鼻の付け根の下端、眉根の隆起、頭のてっぺんと眉根の隆起の中間、頭のてっぺんの間はまず殆どの人間について、老若男女、国籍、人種の別なく等間隔になります(子供や入れ歯を抜いたお年寄りは鼻から下が若干短いです。)。この法則に反した顔はまだ片手で数えられるくらいしか見たことがありません。この他、デッサンについて少しでも齧ったことのある人は山のように様々な法則を聞かされていることと思います。さらにそれらよりずっと精度の低い法則も山のようにあります。例えば顔の左右は対称だし、顎の先端と目尻とを結んだ線上に口の端が来ています。これら多くの共通の特徴を人の顔は持っています。

 

ちょっとだけセオリーを

 

変動するのは頬骨の数ミリの隆起、鼻の形状(といっても数種類に分類できる程度)、顎の育ち方の数ミリの差、顎の育ち方と歯の成長に左右される歯並び、目元の微妙な違い(これもまた数種類に分類できる程度)等など。何にせよ列挙してみればわかる通り微妙なものです。だからこそ異邦人の顔は見慣れるまで見分けはつかないし、ちょっとピンボケした写真では普通の人も美人に見えたり、他人の顔写真の切り貼りでモンタージュ写真が作れたり、漫画を描き出したばかりの人は似た顔ばかりになって悩んだりするのです。元々人は互いに似ていて微妙な特徴を拾い出してやっと老若男女や人種を見分けているのです。これを応用して顔の特徴を殊更強調することによって似顔絵漫画家は単純な線だけでコミカルでかつモデルとなった人物に似ているという絵が描けるわけです。

 

このような些細な差異を強調して特徴付けて認識する能力は進化の過程で磨かれてきたものなのでしょう。しかし逆に言えば元が些細な特徴なのでそこに目が向きさえしなければ知覚されることはありません。

目を向けさせない方法は

  1. 目から隠す。
  2. 他の特徴に目を向けさせる。

の二つです。前者は隠していることそのものは分かっていますし、隠し切れない特徴も存在します。よって基本は後者となります。元々些細だった数々の特徴をちょっと強調すれば見ている側は嫌でも目に入ってしまいます。また隠しすぎると見るところがなくなって見るほうが「退屈」したり「秘密性」を感じたりてしまいますが、強調する分にはそれが避けられる訳です。このあたりは奇術で言うところのミスディレクションに通じるものがあります。見てほしいものへ視線を誘うのですね。もっとも元々些細な特徴で十分だったのですから強調しすぎると煩くなるのですが…。

 

化粧への応用

 

以上書いてきた内容はお化粧などにも応用が利きます。顔の部品については、幸い縦方向の配置は皆共通だし、左右の幅は違っても比率は割と一定してるなど配置は美人も不美人も似たようなもの。差といえば部品の微妙な違いだけ。しかし、幸いその部品も特定の形状が致命的な影響を及ぼすというよりは大小の影響の方が大きいことが多いので、ここに下図のような感じでメイクの活躍する余地があります。というのは配置に問題があるケースは少なく部品の大小や形状に基づくインパクトの大小が見かけのプロポーションに影響を与えてバランスが悪いような錯覚を与えていることが多いということです。つまりメイクの基本は隠すことではなく小さいものを目立たせることによって大きいかのように錯覚させ、本来取れているプロポーションを見えるようにすることにあるのです。例えば、見せたくないと思っている特徴がるとしても、元々物理的には微細な特徴なので見せたくない特徴を隠すのも容易かと思うとそれがそうも甘くないのです。化粧品が塗るものであるがために平面的な特徴(髭を始末した跡、小さなキズ跡、小さな吹き出物、顔の色むら等)は比較的隠しやすいのですが顎が立派過ぎるとか鼻が立派過ぎるとかいった立体的な特徴は無理に隠したり誤魔化したりすると妙に不自然になってしまうことは避けられません。女装のメイクに関して言えばよくあるのは発育しすぎた顎や鼻に対して目や口を強調してそれがきちんとあるべき場所にあることを知らしめたり、目や口の一方が目立ちすぎる場合に地味な側をより強調してバランスを回復するといったようなことでしょう。

 

服装

 

実は体についても同じようなことが言えます。ただ洋服は化粧に比べればはるかに立体的なカタチを誤魔化す性質が強いので自由度は高いです。補正下着などはある程度実際にカタチそのものを変えてくれます。とは言えその場合でも基本はイイトコロを強調することで、隠そうとすると失敗する可能性は高いです。例えばイラストにもある通り、女装に関して言えば適当な位置でウェストを絞る形の服の方が女性的な特徴を目立たせますし、足や胸元が毛深かったりしないならば(あるいは毛が始末してあれば)露出させた方が(世間の人が思っているより男女の差が小さい部位なので)そこに肌があるというだけで女性的特徴を強調します。 

まとめ

 

最後にまとめ。

  1. 人の顔と体は我々が思っているより共通点、類似点が多い、異なって感じられるのは我々の知覚が些細な差異を強調するからである。
  2. 些細な差異だけに、A)目から隠す、及び B)他の特徴に目を向けさせる、があるが、演出の余地があるのは後者である。

従って女装する時は男性的、あるいは瑕疵/欠点だと思える特徴を全て隠しきろうなどとは思わずに女性的あるいは美点だと思える特徴を演出するように努めるのがより有効で努力し甲斐があるということです。(とはいえ、隠すほうが楽な特徴もあります。無駄毛などはその典型。基準は費用や時間と効果を考えた経済性です。)これは女らしさについてだけでなく「きれい」や「かわいい」はたまた「カッコイイ」といった属性についても言えることです。

Author: SHIIJI Chihiro.
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